アシェット・ブック・グループと英国アシェット社を傘下に持つアシェット・リーヴルは3月16日、IDPFのEPUB3普及のためのReadium Projectに参加することを発表した。Readiumは、大きな表現力を持つEPUB3の可能性を引き出すWebKit上のオープンソース実装を広く紹介するもので、多様なリーディング・ツールが利用しやすくすることで、コンテンツの開発を促進することが期待されている。アシェットの参加は、それに止まらず製作技術の主導権を出版界が手にするための第一歩となるかもしれない。
デジタル出版製作技術におけるリーダーシップ獲得へ
リリースでは、「アシェット・リーヴルのテクノロジー・チームは、EPUB3の採用とオープンソース・ソフトウェアを結びつける上で欠けていたミッシング・リンクのデザインに参加することを喜んでいます。」というアシェット社デジタル技術担当のピエール・ダネ氏のコメントを引用し、同社がデジタル・リーディング体験を拡張するための共通標準に貢献する意向を表明している。IDPFには欧米の大手出版社も参加しているので、アシェットがReadiumに参加すること自体に驚きはない。しかし、以下のような意思表示の意味を持つと思われる。
- 出版社として、ユーザーのリーディング体験に責任を負う
- 出版社として、標準的オーサリング環境の構築に責任を負う
- EPUB3の採用を、プラットフォーム依存脱却への第一歩とする
- EPUB3の採用を、ツールベンダーへの依存脱却への第一歩とする
- EPUB3によるアーティファクト(技術的構成物)を出版界で共有する
これまで、つまりDTP以来、出版のデジタル化はIT企業がリードしてきた。ワープロやDTPのファイル・フォーマットはついに標準らしい標準ができなかった。ベンダーの製品更新スケジュールに合わせなければならず、それは出版社のコンテンツ開発・管理コストを重くしてきた。放送などユーザー業界が標準をリードしてきた音楽や映像コンテンツに比べると、出版業界は全面的にテクノロジーに依存してきたわけではなかったために、IT業界に「いいようにされてきた」という印象は拭えない。例えばEPUBとともに使われるAdobe DRMは―必要性は措くとしても―ばかばかしいまでに高い。
HTML5(とオープンソース・エンジンであるWebKit)の登場は、出版/デジタル技術におけるベンダー依存からの脱却を現実的課題というよりは時間の問題とした。WebもE-Bookも同じHTML5を標準として使う。それは誰でも特別なツールを必要とせずに使える。大小の出版社、あるいは著者は、もはやITベンダーに対価を支払いたくない。アップルやアマゾンは自社独自のHTML5方言ツールを無償で提供する。コンテンツ技術に関するパラダイムは変わったのである。アシェットの技術チームの実力は明らかではないが、ランダムハウス社などはデジタル・エージェンシーを傘下に加えており、第一線のHTML5アプリ・デザイナーであると考えて間違いない。彼らが提供する参照実装が編集者、デザイナー、著者の創造力を刺激することが期待できそうだ。 ◆ (鎌田、03/21/2012)