サイモン&シュスター社(S&S)は、量販ペーパーバックの Pocket Star を E-Book 専門ブランドとして立ち上げることを発表した(Publishers Weekly, 5/7)。1939年創始の Pocket Books の伝統を継ぎ、話題性のある大衆向けの小説、恋愛物、スリラー、ミステリ、都会風ファンタジーなどのジャンルをカバーするが、新旧タイトルの両方を扱い、大部分をオリジナルとすると発表している。デジタルの浸透に伴うフォーマットの再編成が進んでいる。ポケットのルイーズ・バーク副社長は、デジタルのメリットを活かし E-Book がこれまでの量販本と同じ役割を、より効果的に担うことを期待していると述べている。[全文=♥会員]
E-Bookが新しい量販ペーパーバックとなった
半世紀前のペーパーバックの爆発的普及は、本の流通革命をひき起こし、伝統的な書店経営を揺さぶった。B&Nなど、ロジスティクス指向の大型書店チェーンの能力が生きたのは、ハードカバーとペーパーバックの二頭立て、あるいは大量生産・大量廃棄の量販本を加えた三頭立てで、より的確に市場のニーズに応えられたためだ。その大型チェーンがE-Bookの登場で苦しくなっているのは時代の流れだが、E-Bookが最も直接的な影響を与えたのが量販本だった。(1)廉価本で、(2)製本品質には魅力がなく、(3)非書店ルートに流れ、(4)ジャンル・フィクション(大衆小説)を多く含む、などE-Bookとのオーバーラップが多い割に採算ラインが非常に高い。当然、量販本はE-Bookに敗れ、カテゴリーとして消滅に向かっている。確実に電子が紙を食ったと言える例と言える。量販本は利便性と低価格だけが売りだったのだから、競合したのは当然だし、ニューススタンドの利便性がネットに負けたのも時代の流れだ。
ここで、米英における本のフォーマットについて説明しておきたい。基本的にハードカバー、ペーパーバックに分かれ、後者は既刊本の場合(新刊の売れ行きが落ちた後)半年から1年後に刊行される。量販本(mass-market paperback, MMP)というのは、定期刊行物用の流通網を使ってニューススタンドなど非書店系小売店を中心に販売されるペーパーバックの廉価本である。多くはポケットサイズで、価格は5~9ドル台が一般的。返本はなく、数週間の販売期間が過ぎると、表紙だけを剥がして返送。残りは廃棄(パルプとしてリサイクル)する。その点で、書店に対して卸価格で販売され、返本もある一般のペーパーバック (trade paperback, TP)とは異なる。既刊本の焼き直しのほかに、“ジャンル小説”の新刊を量産するので、パルプのリサイクルの中からSFのP.K.デイックのような大作家や『スター・トレック』のような映画・TVの人気作を世に出すきっかけもつくってきた。
事業的には、25,000部を刷って数週間で10,000部以上を販売しなければならないと言われ、採算ラインはTPよりもかなり高い。コストは極限まで切り詰められているので、日本の常識から見て「粗悪」とされるが、売れ残りは廃棄されることを前提にしているので当然と言える(むしろ、高い製本品質を維持しつつ、保存を前提とした仕事の成果を無残に廃棄する日本の「常識」のほうが、欧米から見れば信じられないことを忘れてはならない)。
大量生産・大量廃棄時代の終焉
マスマーケット・ペーパーバック(MMP)に対応するものは、日本では文庫、新書だろう。MMPは返本なしの雑誌型流通なので、日本の取次流通に近い。つまり短期で売れなければ入れ替えられるという回転寿司型のシステムだ。このシステムの根本的問題は、限られた売り場で、話題となる本を短期に、しかも大量に売るという、かなりハイリスクの前提に立っていることだ。失敗作の赤字は累積し、出版社の経営を苦しくし、しかも書店も儲からない。米国でMMPがデジタル・オンリー出版に置き換えられるのは時間の問題だろう。日本では、MMPよりも幅広い役割を担っている文庫・新書が多くなることで多くの書店が消滅し、他方でE-Book出版も進まないために、出版の解体が進むことが懸念される。
文庫・新書は、相対的に低コスト、ローリスク出版だが、結局はかなり売れないと商売にはならない。よほど過去の遺産に恵まれた出版社でもないと、主力商品にはなりえないものだ。まして出版界全体がこれに傾斜すればデフレの再生産になる。販売数を重視すれば、一般書籍と同じことで、企画がマス・マーケット向けのものに偏り、質の低下、ますます(新刊)本離れを招き、本好きは古書に走る。MMPを単純にE-Bookに置き換えられる米国は幸いだ。ハードカバー、ペーパーバックとE-Bookをバランスよく提供することで、紙の本も守ることが出来るからだ。 ◆ (鎌田、05/10/2012)