ハーバード大学経営大学院のルーカ助教授、ドブレスク教授らの研究グループは4月26日、アマゾンの読者書評を客観的に評価した研究結果 (ワーキングペーパー) を発表。この集合的評価が、プロの評者による書評と比べても遜色なく、むしろ広い社会の声を客観的に伝えるという独自の価値を持つと結論づけた。アマゾン書評は、消費者の購買行動に大きな影響を与えている一方で様々な批判がなされてきたが、専門的調査によって客観的に評価され、アマゾンの読者参加型プロセスの妥当性が検証されたのは初めて。マーケティングの手段としてのクラウド書評でも、運用によってはかなり真っ当なものとなり得ることが証明されたことになる。[全文=♥会員]
プロも客観的にはなり切れない
製品、サービスから映画、音楽、レストランに至るまで、これまでプロによるレビューは絶対的な権威を持ってきた。それはプロがほぼ公平かつ客観的で、知識・経験も豊富であり、アマチュアとは比較にならないと信じられてきたからだ。しかし、本ペーパーは、プロも「身びいき」「仲間褒め」という宿痾を抱えているという。40の新聞・雑誌から数百の書評をサンプリングし、プロの書評者における決定因子をアマゾンの読者レビューと比較分析した本調査は、以下のように結果を要約している。
- メディアの書評欄は選択範囲が広く、それぞれの読者のニーズに合う本を探している。これはプロによる書評の利点で、簡単に代替はできない。
- 専門家による書評もアマゾンのレイティングとほぼ対応している。本の内容の評価については読者の集合的評価は書評者に近い。
- プロの書評者は(相対的に)新人には厳しい。読者は新しい著者や未知の本をすばやく探し出す。
- 同じく、他のメディアで取り上げられることの多い著者、受賞歴のある著者に好意的だが、一般読者はかならずしもそうならない。
メディアが特定の著者を取り上げ、また好意的であることはよく知られている。本調査では、そのメディアの寄稿者である場合には、そうでない場合より25%あまり採択率は高く、評価は5%あまり良くなると指摘されている。ルーカ助教授の判定によれば、それは組織的共謀の結果というよりは、職業的ライターでもある評者の嗜好の結果を反映しているという。米国のメディアの書評は日本よりも厳密で、評者は企業や業界の商業的利害と“ファイアウォール”で隔てられていることになっているが、必ずしも客観的ではない。むしろ金を出して本を買った一般人のほうが中立性で優位にあるかもしれないのだ。心理学者が指摘することだが、専門家の予測がしばしば外れ、また一般とかけ離れたものとなるのは、実際に渦中に身を置き、これまでの発言に囚われ、様々な利害から自由ではないためだ。たかが本だが、プロの書評者にとっては良くも悪くもそうではない。
「集団書評」の有効性はプロセスによって生れる
アマゾン読者評については、これまでも様々な批判がなされており、著者とそのグループによるサクラ批評の問題や、アマゾンで評価されている評者のいかがわしさ、特定の意図を持ったけなし屋の存在などが取り上げられてきた。これらは部分的な真実で、そうしたものに消費者が影響されることがある。しかし部分的な真実を言うのならば、プロの評者の中立性・客観性・見識に疑問符がつく場合も少なくない。逆に全体としてみれば、極端な意見を省いた読者評はかなり真っ当な傾向を示しており、プロの書評とかなり一致するということだ。社会学者は「集団の知恵(Wisdom of Crowds)」という言葉を使って説明するが、アマゾンの書評欄は傾向として集団の知恵が機能しやすいように設計されているということが言えそうだ。ただしこれをネット全体に一般化することは出来ない。
反復型アンケートを使って、直感的意見や経験的判断を組織的統計的に集約・洗練する意見収束技法としてデルファイ法が有名だが、クラウド・レビューが「案外」真っ当なものとなるのは、時間の経過の中で様々な評価が載り、他人の評価を意識することによる「反復を通じた収束」効果によるものではないかと考えている。極端な意見はノイズだが、それを完全にキャンセルすれば、逆にリアリティに乏しくなるので、できるだけ自然な形で意見が表明されることが望ましい。ノイズ・リダクションのレベルは、システムの設計・運営によって設定・調整していくことになる。アマゾンのレビューがユーザーから高い信頼度を得ているのは、そうしたチューニングの成果と言えるだろう。知恵はプロセスによって生れる。
TechCrunchでグレゴリー・フェレンステインが述べているように、プロにはプロの、アマにはアマのバイアスがある。それらは別のもので別の価値があるということだ。「アマゾンにおいて大衆は、集団の中に散在する不正や党派性、馬鹿げた意見を和らげていく。それとは対照的に、買い物の決心を委ねられるプロの書評を1本以上読むことはめったにない。」 ◆ (鎌田、05/17/2012)
- What Makes a Critic Tick? Connected Authors and the Determinants of Book Reviews, By Loretti I. Dobrescu, Michael Luca, and Alberto Motta, Working Paper, Harvard Business School, 4/26/2012
- Amazon Killed The Book Reviewer Star, By Gregory Ferenstein, TechCrunch, 5/15/2012