ハーパー・コリンズ社(HC)は6月19日、デジタル化に対応した販売部門の再編を行い、アナリティクス部門を統合し、販促業務を担わせることを発表した。ジョシュ・マーウェル社長によれば、これはデータ分析をより効果的に販売に反映させ、価格設定を柔軟に行い、市場の動きを知るための措置。データ分析が経営判断にとどまらず、現場の日常的業務に不可欠になってきた事情を反映している。ブライアン・マレーCEOは、販売・マーケティングの改革を推進することを表明した。
出版社の業態転換:B2BからB2Cへ
HCで長くサプライチェーンを担当してきたフランク・アルバネーズ上級副社長(SVP)は、新設の市場・販売業務担当に移動。12月に販売分析・価格担当として入社したダン・ルバートSVPと協力して、より販売にフォーカスした業務を行うという。販売担当のダグ・ジョーンズSVPは、印刷・電子を統括する販売戦略を担当する一般書籍担当グループSVPに職務が変更になった。他方でカスタマ・サービス担当責任者の多くは退社し、卸販売部門担当責任者も退社することになった。後任はとくに発表されていないので、B2B販売部門の(少なくとも)大半がリストラの対象となったものとみられる。
出版社のリストラというと暗い響きを感じられる方がほとんどかも知れないが、今回のHCのリストラは、時代の変化に対応した本来のリストラである。米国の出版産業は、基本的に流通企業や書店に卸販売する業態を採っており、その意味で出版は消費者ではなく、大小の企業を顧客とするB2Bビジネスであった。そうした意味では家電メーカーなどと同じである。E-Bookが登場したとき、出版はB2Cビジネスに転換せざるを得ないと言われたのは、オンライン環境で市場との即応性を高めるB2Cが可能になったという理由のほかに、そもそもアマゾンの1社寡占の下ではB2Bは"B2A"にしかならず、交渉力を持てなくなるという危惧があったためだ。業態の転換は、時に業種の転換よりも難しいことがある。印刷本からE-Bookへの重心の移行は、出版社にとってより難しいことだったと思われる。
最初、出版社はE-Bookを印刷本とは別の商品として扱おうとした。出版社にとってこれが異質だったからだ。しかし、消費者にとって同じコンテンツの別の形態(ユーザー体験)に過ぎない。つまりレストランとファーストフードくらいの違いだ。E-Bookは出版社の予想を超えて急成長を続け、デジタル比率は20%を超えて30%に迫った。50%となるのも遠くない。E-BookをB2Bで販売し続けようとすれば、B2Aにしかならないことも明らかになった。日本の取次制に近いエージェンシーモデルを導入して価格支配による主導権維持を策したがこれも失敗した。やはり出版社はB2Cに入らざるを得なくなった。HCの決定の歴史的な意味は大きい。
「ロケット科学者」の採用
B2Cという業態はWeb時代となって一変した。そもそもB2Cという言葉は、「ブリック・アンド・モルタル」などと同じくWebとともに生れた。これは店を開いて商品を並べ、広告をしてお客が来るのを待つというビジネスではない。市場と毎日対話しながら商品と売り方を考える、かなり忙しい仕事だ。市場と対話する有力手段の一つがアナリティクスだが、そこから何を読み取り、どうアクションがとれるかが成否を握る。セールス・アナリストは金融のトレーダーのように特別な知識・能力を持った人間となるだろう。これまで多くの企業でそうした「ロケット科学者」を採用しているのだが、ついに出版にも及んだわけだ。ちなみに「ロケット科学者」という言い方は、データ分析がロケットの軌道計算のようになじみが薄い時代の産物なので、最近ではふつうに「データ科学者」と呼ぶべきだということになっている。
HCのダン・ルバートSVPは、アイオバイト (iobyte Solutions LLC)というITコンサルティング企業を経営していた、戦略ITコンサルティングのエキスパートで、ブログで公開していた出版市場のデータ分析には定評があった(残念ながら当分は更新されないようだ)。HCでの仕事は、データの収集・解析・評価を行い、現場にフィードバックすること。データの山から、個々のタイトルの出版目的に適う価格戦略を策定できるアルゴリズムを導くことが求められている。重要なことは、個々のタイトルごとに異なる販売戦略、価格戦略を採用し、データに基づいて日々のオペレーションを行うという、組織的にもシステム的にも負担の多いビジネスプロセスを採用していることだ。おそらくルバートSVPは、このプロセスをデザインし、アルゴリズムを開発したものと思われる。彼のようなITエキスパートの参加により、米国の出版社はハイテク・マーケティング企業としてのカラーを強めていくだろう。◆ (鎌田、06/21/2012)