アップルはこのうんざりする実世界に降臨できるか

IHS iSuppliの予測によると、デバイス販売の好調を反映して、アップルApp Storeの売上は2012年に70%増加して49億ドル(前年は29億ドル)となる見通し。この結果、世界のアプリ市場のシェアは65%となるという。 クレジットカードにリンクしたiTunesストアのアカウント数は、6月現在で4億3,500万。これは前年の2億2,500万の2倍近い。とはいえアカウント数に比べれば売上が小さすぎるし停滞している。そこでアップルはiOS6をもって地図や決済など「実世界への拡張」へ乗り出した。しかしこれは簡単ではない。
IHSのアナリスト、イアン・フォッグ氏は、「これまでiOSのエコシステムは音楽・映画などのバーチャル・サービスアプリが中心だったが、バージョン6からは地図情報や決済などの実世界のためのサービス機能に力を入れてくる。Apple MapsとPassbook、位置探知プラットフォームは実世界への拡張のための中枢となり、ストア・マーケットの成長を加速するだろう」と述べている (BGR.com, 09/21)。

実世界(サービス)に展開するアップル新戦略の陥穽

この見方はそのままアップルの戦略を解説したものとなっていると思われる。つまり、アップルはバーチャルからリアル、コンテンツからサービス、エンタメからビジネスを目指すということだろう。この戦略は、生産工学を専攻し、IBMやコンパックのサプライチェーン管理で手腕を発揮した「実世界(オペレーション)の人」であるティム・クックCEOのイニシアティブによるものだ。地図や決済は「実世界的」モバイルアプリの究極だが、いわゆるビッグデータを扱い、かつ徹底したサービス指向が求められるだけではなく、ビジネスモデルの構築が簡単ではない、という基本的問題がある。

例えば、iOS6の目玉であったApple Mapsは発表とともにかなり重大な(基本的)欠陥が判明し、Google Mapとの格差が厳然としてあることが露呈した(GIS専門家マイケル・ドブソン氏のブログを参照)。Apple Mapsは当分使い物にならないだろう。ジョブズはiPhone 4の通話障害が問題になった際に「たかが電話だ。家に帰って寝ろ」と喝破したが、いくら彼でも、Apple Mapsで無数の地図関連アプリが機能しない、となっては同じことは言えない。つまり、コンテンツからサービスへの一歩は、OSの機能拡張どころではなく、異業種への進出であり簡単ではないのだ。

さらに、この拡張は世間の人がアップルに抱いているイメージとはかなり違い、下手をすればイメージを損なうものだ。実世界は退屈なもので、うんざりすることも多い。アマゾンはそちらの世界でうんざりすることを減らしてくれる会社で、買い物の経済的・心理的・物理的負担を減らすことを売り物にしている。アップルは違う。もっぱら「夢」を売ってきた。夢だから実世界から離れ、高いほどいい。本体コスト200ドルに満たないiPhone 5を500ドルや700ドルで買っても損した気にさせないのは、それが化粧品や医薬品のようなものだからだ。この世にあっても、この世に属してはいない特別な何か。だからこそ、アップルのガジェットが実世界に降臨し、メディア世界ではなく実世界のインタフェースになるといるというのは、じつは非常に危険な賭けだといわねばならない。実世界の基準では、アップルはかなり強欲であり、徹底して顧客指向であるべきサービスにおいては不満を向けられやすくなるからだ。

IHSのレポートは、かなり重要なデータをもたらしている。iTunesのアカウントは今年の夏に4.35億。2012年のアプリ売上予想49億ドルと比較してみると、アカウントあたり約10~11ドル。昨年と同じだ。iTunes市場はまだ未開拓といっていい。アップルがあえて実世界に乗り出したのは、メディア・マーケットとしての成長性に確信が持てないためか、それともジョブズの遺産である夢のガジェットの万能性を信じているためか。 (鎌田、09/24/2012)

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