米国の小売最大手のウォルマートとターゲットは、それぞれアマゾン Kindle 製品の取扱いを止める方針を明らかにした。特に Kindle Fire がアマゾンの仮想店舗として機能し、店舗の営業にも影響を与えることを嫌ったためだが、実効性はともかくついに世界最大の小売店に脅威を感じさせる存在になったことを示している。他方で、最も影響を受けるはずの英国最大の書店チェーン、ウォーターストーンズは、アマゾンと提携して10月から Kindle の販売を開始する。この違いはどこからくるか。また、アマゾンと書店との協調的共存は可能だろうか。その答は、意外と早く得られるかもしれない。[全文=♥会員]
異なるユーザー体験を協調させる
ウォーターストーンズ(WS)については本誌5月24日号 (V2/N.36)で取り上げた。WSのジェームズ・ドーントCEOは最近、アマゾンとの契約内容について初めていくつかのヒントを語った。不安材料もあるものの契約には保護措置も組み込んであるという。常識に反し、自らの直感を信じて選択したアマゾンとの提携は、少なくとも書店とアマゾンとの付合い方のテストケースとなることは間違いない。
ドーントCEOの発想は明快で、これまで次のような趣旨の発言をしている。
- 印刷本とE-Bookは異なるニーズに対応し、E-Bookの拡大は書店販売に影響しない。
- 書店で本を購入する消費者はE-Bookも読むのだから、最も人気のあるKindleを売るのがベスト。
- 書店の売上げを伸ばすのは、地元に密着した品揃えとディスプレイである。
前号でお伝えしたような英国市場の動きを見る限り、印刷本とE-Bookを基本的に別の商品カテゴリーと考えるのは妥当で、これらは相互補完的な関係にあるばかりでなく、価格差が大きいほどE-Bookの市場を拡大することができる、という仮説を裏付けているかに見える。異なる性格付けは明確にしたほうがいいということだ。デジタルは読者/読書の範囲と消費量を拡大するのに役立つが、保存すべき価値と必要のあるものは印刷本として買い、書店はそうした買い物をする場として最も相応しい。(もしそれなりの最適化への配慮が行き届いていればの話だ)。
ユーザー体験(UX)にフォーカスしてみれば、書店で印刷本を買うのとオンラインでE-Bookを買うことの違いは明瞭だ。やや極端化していえば、書店で印刷本を買うのはレストランでの外食、オンラインコンテンツは間に合わせ(カップ麺あるいはレトルト)と考えることができる。食欲を満たすという目的は同じでも、また時には同時に選択の対象になるとしても、レストランの「食事」とカップ麺が競合すると考えるべきではない。違うものと考えれば、べつに焦る必要もないし、米国のB&Nのように本気でアマゾンと激突する必要はない。レトルトが発達してもレストランは残る。重要なことはUXにおける価値と価格の妥当性であり、それは相対的なものだ。デジタル・リーディングの利便性や品質は(競争により)進化している。書店は進化しなければならない。高級化もそのひとつだが、それだけではない。
印刷本と電子本の共同マーケティング
一部重複する市場に対して異なるUXを提供するリアル書店として、WSはKindleを販売し、店舗内でも一部のコンテンツを販売するという形で提携することを決めた。「競争相手だけに大きな困難があったが、最も重要な部分に保護条項 (bear trap)を入れ、有利な形で契約することが出来た」とドーントCEOは語っている。内容はもちろん明らかにされないが、契約には満足しているようだ。契約は排他的なものではなく、WSもこれまで通り独自にE-Bookを販売し、アマゾンも他の書店と契約することが出来る(といってもまだいないが)。
WSとアマゾンの顧客はかなり共通する、と両者は考えた。WSはKindleを販売することで、まずその重複する顧客を知ることが出来る。Kindleでの購買行動はもちろん掴めないが、それでも彼らに継続的にアクセスできること、様々なイベントを通じて店舗に勧誘できることが重要だ。さらに、Future Book (09/12)のヴィッキー・ハートレイ氏の記事によれば、WSとアマゾンは印刷本とデジタルのバンドリングという可能性を追求しているようだ。アマゾンがE-Bookの小売価格の設定にフリーハンドを得たことで、これは広汎な本に対して十分に実現性がある。店舗での印刷本の購入者に、わずかな追加費用でKindleコンテンツを販売するという形だ。これは両者にプラスとなるものだろう。おそらくこの冬は、ライバル同士のマーケティングにおける提携がみられそうだ。 ◆ (鎌田、09/27/2012)