Wikipediaの運営主体であるWikimedia Foundationは9月18日、英語版サイトでEPUB出力機能を利用可能にしたことを発表した。これにより誰でもWikipedia記事のコレクションを、オフラインの無料E-Bookコンテンツとして利用することができる。なおWikipediaのコンテンツは、CCライセンス (CC BY-SA 3.0) で利用できるので、この範囲内であれば「出版」することも可能である。ところで、そもそもWikipediaの記事を「出版」することに意味はあるのだろうか。それは「出版」とは何かに関わるよい質問だ。
print/exportサイドバーにある“Create a book”をクリックすると Book creatorのページが開くが、ここからPDF、EPUB、OpenOffice の3つのフォーマットを選択して出力が可能だ(説明ビデオ参照)。記事別のほかにカテゴリ別に一括して行うこともできる。つまりデータベース出版の見本となるような機能だ。おそらく、ニュース系のサイトではこうした出力機能のニーズが高まるだろう。
この機能を開発したのは、ドイツ(マインツ市)にある brainbot technologies というIT企業で、Wikipediaの「公式プリント・オンデマンド・パートナー」であるPediaPressという印刷出力サービスをスピンオフとして出している。Wikipediaはいまや読書のパートナーだが、オンライン環境でなければ使えないことから、E-Book版へのニーズは以前から存在した。何らかの理由でオンラインが使えない環境はネット先進国でもつねに存在するし、まして低開発国ではオフライン版しか使えないことも少なくないからだ。Wiki財団もオフライン化の意義を強調している。
ところで、時あたかも、KoboイーブックストアがWikipediaの人名ページを1冊の「無償電子書籍」として配信していることが伝えられた。9月18日現在で389件に上っている由。コンテンツ数に関する「公約達成」(12月末までに日本語コンテンツ20万冊)で苦慮する楽天が、数合わせにやったのではないか、とネット上では喧しい。この問題は別に取り上げる価値があると思うが、Wikipediaを出版物にすることに関してだけ、コメントしておきたい。
- Wikipediaは情報共有を目指すプロジェクトであり、ここからの記事を出版することに問題はない。しかし、出版物とは「出版に値する」ものであり、活字であれば、フォーマットされていれば自動的に出版物となるわけではない。
- 出版はたとえ再版・複製であっても出版者を必要とする。出版者はその内容と価値について社会的に説明する責任を負っている。更新ポリシー、内容の真偽に関しても同様だ。フォローアップをする気がないようなものなら出す意味がない。
- 英語版の標準的な出力機能でサポートされたように、もはやEPUB化じたいの価値は低い。Wikipediaの記事を出版物とするためには、利用者と利用場面の想定、編集方針、テーマ/カテゴリーの設定などがなければ意味がない。
- 百科事典から問題別事典を再構築する(たとえば日本文学事典、国際問題事典など)ことは意味がある。それにはプロの(あるいはアマチュアの知恵を構造化する)方法論が必要になる。それは有償にすることもできる。
Wikipediaをもとに出版物の名に値するコンテンツを制作することは可能である。頭さえ使えば。◆(鎌田、09/19/2012)