アマゾンは10月17日、学校や企業などを対象に、大規模なKindleコンテンツの機関単位の購入・決済・管理を可能とする無償ツール Whispercast for Kindle の提供を開始したと発表した。Whispercastは、例えば学校の生徒や企業の従業員が保有する(アマゾンがサポートする任意の)デバイスに向けて独自のアカウントを発行し、利用可能とするもの。各機関は独自の文書を配布することも出来る。電子教科書、電子文書管理までを射程に収めた戦略ミサイルと呼べそうなサービスだ。[全文=♥会員]
学校図書館/電子教科書環境としてのWhispercast
米国の学校は年齢別に組立てられた読書教育を実施しているが、Whispercastの最大のターゲットは電子読書教育の環境を提供することだろう。これはそのまま電子教科書の環境とすることも出来るので壮大な戦略の一部と見たほうがいいだろう。デバイスに依存しない環境を構築する(つまり可能な限り多くのデバイスをサポートする)のは、とくに教育機関にとっては困難だが、アマゾンのWhispercastは、すでに運用されているWhispernet サービスを「大口ユーザー」に開放することでそれを実現している。
重要なことは、これが通常のテキスト中心のE-Bookだけでなく、アプリにまで及ぶことだ。これまでの「電子教科書」へのアプローチは、タブレット(とPC/Mac)をベースに考えられてきたが、アマゾンはそうした限定を外し、さらにWhispercastという同期/同報/管理機能を、それぞれのプライベート・ネットワークで提供できるようにした。Kindleを試験以上の目的で導入している学校はかなり多いが、Whispercastはデバイスとコンテンツの利用を拡大することが期待されている。
企業ドキュメント管理システムとしてのWhispercast
企業は、とくに生産性向上のための社員教育、顧客マーケティング(とくにマーケティング・コミュニケーション)においてE-Bookを必要としているが、コンテンツは商業出版物、専門出版物、社内出版物などまで含まれる。つまりWhispercastは「電子文書管理」の市場に進出することを意味する。例えば、メーカーはパンフレット、マニュアルやチュートリアルを独自に配布・管理し、時にはアマゾンAppStoreを通じて販売することも出来る。病院や研究開発型企業など多種多様な文献を使用する機関への総合的な管理サービス・ニーズに対応する。長期的には、大口顧客を有するエルセビアやマグロウヒルなどの専門出版社、あるいは専門図書館向けサービスビジネスなどをまとめて再編するほどのインパクトを考えるべきだろう。
Whispercastは、とてもKindleコンテンツの拡販といった枠内で考えることはできない。基本的にはアマゾンのサーバを使った「クラウド・コンピューティング」サービスなのだが、学校や企業が必要とする管理機能を無償で(!)提供しつつ、コンテンツあるいは物品の販売で成立するシンプルなエコシステムの中で回収しようという未曾有のスケールのサービスだ。ITサービスはこれを収益源とすることはできなくなるし、コンテンツ企業はアマゾンの間口の広さときめ細かさに対抗できない。
例えば、多数のユーザーを擁する機関ユーザーは、限られた書籍購入予算の枠内での利用効率の最大化を求めるので、ダウンロード実績に基づく「サービス料金」への移行を歓迎するだろう。出版社は個々のタイトルだけでなく、多様な料金システムを開発して対応せざるを得ない。また、学校などでは教科書も含めて無償コンテンツの利用も拡大するだろう。これらは教育系、ビジネス系、学術系出版社の活動に大きな影響を与えることになる。Whispercastは、商業出版社の活動の外にあった出版市場をも統合するものとなる。
発表されたばかりのWhispercastのインパクトを語るにはさらに時間が必要だが、隠れたテクノロジー企業であるアマゾンの歴史の中でも、ビジネスモデル上のイノベーションであることは確実だ。◆ (鎌田、10/18/2012)