出版社探しに苦労し、生活保護を受けながら執筆を続けた『ハリー・ポッター』のローリングスに対し、同じ英国人のE.L.ジェームズは、ファン・フィクションを足がかりにオーストラリアで自主出版デビューし、25万部も売った実績をひっさげて、米国RH系出版社から破格の条件で迎えられた。隔世の観があるが、この出世コースはすでに定着したことはすでに書いたとおりである。出版のプロからはゴミの山と見られていた自主出版から出版界を牽引する大ベストセラーが生まれたのはなぜか、それによって何が起きているのかを見ていきたい。[全文=♥会員]
成功の公式?:自主出版から大手へ
デジタルとPODによってメディアとなった自主出版は、駄作の山と評価されていても、現実にその中からヒット作は次々と生まれている。それはマーケティングによるものではなく、SNSなどにより口コミで広がったものである。それだけに新人、アマチュアであってもベストセラー・リストに載った段階でファンというものを持っている。大手出版社が大金を出してでも版権を獲得しようとするのは、そうした魅力が大きい。以前ならその道のプロによって「クズ」と判定されたが最後、まず日の目を見ることがなかった「作品」の市場が、アマゾンを中心としたオンライン・マーケティングによって連鎖的に拡大し、出版社も金鉱であると認めざるを得なくなったのである。
そしてグローバルであること。FSG三部作についてみれば、英国人女性がThe Writer's Coffee Houseというオーストラリアのバーチャル出版社から刊行し、25万部を売って米国で注目を浴びた。ランダムハウス傘下のヴィンテージ・ブックスが改訂版を出し、E-Bookと75万部のペーパーバックを用意して販売を開始し、4,000万部につながった。FSGはいわゆるファン・フィクションである。映画で広がったステファニー・メイヤー (Stephenie Meyer) のティーンズ向け吸血鬼物 'Twilight' の愛好家のコミュニティを背景としているので、その(ブログ投稿とFacebookによる)世界で評価を確立すれば、一定程度の成功は約束される。ここには、既成のキュレーション・システム(大手メディアの書評)とは別の選抜メカニズムが機能している。FSGの爆発的ヒットと類似した動きは、その(グローバルかつマニアックな)コミュニティの商業的価値を大手出版社が認めたことを意味している。
出版はもともと多種多様な「マージナル」ものの寄せ集めで成り立っている。通常は3,000部もいかない(採算点以下の)ジャンル、トピック、著者の本を読む(年間10点以上は買って読む)読者がそうした出版の多様性を成立させている。マージナルな読者は年間数十冊を読み、マージナルな著者を輩出するだろう。そうしたものから商業的に成功するもの、あるいはプロが評価するものが生まれる。しかしいまやマージナルなジャンルをニッチ市場として開拓する手段が生まれた。自主出版+SNSである。自主出版によってとりあえず安価な「本」の体裁をとり、SNSと口コミでコミュニティ読者の評価を受ける。大手はそれを高値で買い、編集者をつけ、ブラシュアップして、より高い値段で広い読者に提供する。それにしても、FSGがメージャーになる以前に、自主出版ですでに25万部を売っていたことは大きい。
作品発掘→出版のプロセスが変わる
ここ2年ほどで大手と自主出版の棲み分け、大ざっぱな成功の公式は確立されつつあるようだ。自主出版は21世紀の(つまりデジタルが主要な役割を果たす)出版インフラの一部となった。問題はそれからだ。
- ジャンル・フィクションについてはビジネス的な有効性が実証されたが、その他のジャンル。たとえば実用書、教養書、学術書についてはどうか。これらは「みんなの知恵」 (いわゆるWisdom of Crowds) をキュレーションにおいて機能させる仕組みがなければ成立しない。とすると、ソーシャル・リーディングの成熟という問題になる。
- 自主出版→商業出版というルートが確立されたとなると、誰がどうやってやるのかという問題だ。アマゾンなどのプラットフォームは出版社の機能を代替している。大手出版社は自主出版専門ブランドを立ち上げ、成功作を既成ルートに誘導しようとする。競争は熾烈化するだろう。
- 市場はグローバルであることが明確になった。ひとつの市場で成功したものを移転するという従来のスタイルではなく、最初からグローバルなマーケティングが重要になる。
作者にとっても、出版社にとっても自主出版を使いこなすことは簡単ではない。作者にとっては膨大なライバルを相手にしながら読者に見つけてもらい、評価してもらわなければならない。成功の確率を高めるためには、なんらかのマーケティングやテクニックは必要だ。プラットフォームや出版社などに頼る部分が多いほど、成功は遠ざかる。出版社としても、すでに一定の成功を手にした作者に高額な前渡金を用意するのでは利益は圧迫され、下手をすれば大きな赤字ともなるので、やはり長期的に有望作家・作品発掘のシステムを再構築するしかない。ちなみにフューチャリストのロス・ドーソン (Ross Dawson) 氏は早くも2007年に、デビュー前のライターと声価を確立したライターにとって自主出版が有効なチャネルになる「作家のキャリア軌道」を予測していた。
これまで米国の出版社は、もっぱら著者エージェントから提出される出版候補作から厳選して翌年(以降)の出版予定を決め、編集とマーケティングにあたるというのんびりしたペースだったが、ほかに有力なチャネルが出来た結果、プロの作家でさえも、まず自主出版で反響をみることを考えるようになる。1年も待てない、待ちたくない作家も少なくない。出版社として、単純に自主出版チャネルを立ち上げるだけではすまないだろう。著者エージェント経由の「正規ルート」以外の、一般の自主出版作から発掘する「非正規ルート」、自社の自主出版ブランドの話題作を新装・改訂する「準正規ルート」という3つのルートをバランスよく管理する必要が生じる。これは簡単ではない。アマゾンという存在がしだいに大きくなってくるからだ。それに自主出版という鉱山に分け入る「山師」たちも登場してゴールドラッシュが起きる可能性もある。それはそれで面白いだろうが。
こうしてみると、なお「電子化」で固まっている日本の出版社は、もはや周回遅れを重ねて喘いでいる状況だろう。しかし、考えてみれば日本でも自主出版が成功する環境は、徐々にだが生まれつつある。そもそも、出版社がなかなか足を踏み入れない鉱山は日本にもある。出版そのものが低リスクになった以上、出版社が動かないならばアマゾンあるいは取次ルートに依存しないインディーズ出版社や外国系出版社が、新しいエコシステムの主役になることは明らかだろう。 ◆ (鎌田、10/10/2012)