世界6大出版社のランダムハウスとペンギンをそれぞれ傘下に持つ巨大メディア・グループのベルテルスマンとピアソンは、両社の合併に向けての作業が進んでいることを10月29日、公式に認めた。すでに独禁当局の承認を残すのみとなっているもようで、2013年後半には、世界で従業員9,000人の巨大出版社ペンギン・ランダムハウス(PRH)が誕生する。PRHのCEOには、株式の53%を所有することになるRHのマルクス・ドーレCEOが就任する予定。これは不況時に典型的な赤字合併ではない。 [全文=♥会員]
出版は「設備産業」になった
噂はまず10月はじめのドイツの経営雑誌で流れ、3週間ほどして両社が交渉を認め、そして合意の発表となった。ペンギンにはハーパー・コリンズ(HC)の親会社ニューズコープ社も関心を持っていたと言われ、この合併がさらなる大型合併の引き金になる可能性が強い。HCの相手はサイモン&シュスターかマクミランか。この超大型合併は、ここ数年続いてきた出版業界のM&A(楽天のKobo買収を含む)が新しい段階に入ったことを示すものだ。
ベルテルスマンのトーマス・ラーベCEOが声明の中で「従来のフォーマットに新たに生まれているフォーマットと流通チャネルを効果的に統合することが出来る」「われわれの出版事業の伝統の上に立ち、著者、書店、読者に対し、比類ないサポートと資源をもって最高の出版機会を提供する」と述べているように、この合併の背景に「デジタル」という産業革命があり、そして最大のパートナーである「アマゾン」があることは明らかだろう。それぞれ出版のみで10億ドル以上の規模を持つ(RH=$23.8億、P=$16.1億)が、その規模をもってしても、出版のデジタル化には十分に対応できないという認識に至ったのだ。もちろん、それはデジタルが出版の主流になることを前提としたものである。アマゾンは9月、紙の本100点に対してE-Book114点を販売したことを発表したが、金額ベースでもデジタルが追い抜くことはもはや規定の事実になったといってよい。
アマゾンの存在がM&Aを必然にしている
ここで、巨大な事業規模の親会社(ベルテルスマンは150億ドル、10万人。ピアソンは75億ドル、3.7万人)がグループ内での連携強化(メディア間統合)ではなく、他のメディアグループの出版社との合併という戦略的な選択をしたことが重要だ。RHの約半分の規模のピアソンは、教育出版と金融情報(Financial Times, Economnist)を中心に展開しており、これらはすでにデジタル主体の専門情報サービスとして再編が進んでいる。商業出版のペンギンは、相対的に規模が小さく、存在がやや浮いていたのかもしれない。どちらも商業出版に特化した、強力なデジタル・マーケティング基盤を必要としていた。ベルテルスマンのもとでRHはかなりの規模の基盤投資を進めてきたが、この基盤は顧客と商品の数によって威力を発揮し、そうでないとコスト負担が重くなる。もちろんアルゴリズムの天才を世界中から集めてくる必要もある。アマゾンやGoogleがクラウド・サービスを“副業”としているのは、自社のためだけでは過剰になりそうな設備を無償、有償で提供する必要もあるからだ。
RHはそのデジタル基盤を動かす燃料を必要とし、ペンギンは基盤そのものを必要としていた。親会社ピアソンの基盤はペンギンのために機能させるには異質だったようだ。この場合の基盤とはハードウェア以上にソフトウェア。ソフトウェア以上にデータ、データ以上に人材なのである。コンテンツの製作よりは、商品としての可能性を最大化させる技術であることは言うまでもない。ヒット率の低さからベンチャー投資並みとも言われるROIの改善である。おそらく、日本の出版関係者は「デジタル」がそれほどの投資規模を必要とし、またそれを正当化するほどの事業的価値があるとは考えていないだろう。しかしアマゾンという相手に直面すれば、考えを変えざるを得ない。世界の「ビッグ・シックス」が相手にしているのは、地上最強のIT基盤を持った「インターネット出版ビジネス」で、最大のパートナー、もっともタフな交渉相手、最大の潜在的ライバルなのだ。
シカゴの出版コンサルタント、クリス・レクスタイナー氏は、力を合わせることでアマゾンに対抗する力は強まるとしても、それは著者と読者との直接的関係で測られるしかない、と述べている(Digital Book World, 10/29)。著者と読者を含む新しいビジネスモデルと言ってもいいだろう。くれぐれも注意していただきたいが、これは不況産業の整理などではなく、デジタルとグローバリゼーションがもたらす巨大な機会と脅威に対応するための前向きな動きだ。日本の出版界が動かないのなら、渦に巻き込まれていくしかない。 ◆(鎌田、11/01/2012)