Kindleが登場して5回目の年末商戦(北米では通常11月末から1末から新年1月初旬)を迎えた今年、最大の注目は、E-Bookの価格がどこまで下がるかということだった。周知のように、出版社側が米欧の独禁当局と消費者に対し、司法の場であっけない敗北を喫したためである。年末を前に、大手出版社は価格統制権を小売側に引き渡した。アマゾンは「消費者の勝利」を讃え、メディアは当然のように値下げを予想した。しかし、どうも様子が変だ。現時点での下げ幅は小さく、$9.99で並ぶ状況にはなっていない。[全文=♥会員]
出版社の転換:価格重視から市場重視へ
まず、この2年間の状況を整理してみよう。Kindleデビュー時の新刊ベストセラー$9.99という値付けに、大手出版社は驚愕した。アマゾンとしては、ハードカバーの小売価格に近い値をつけたに過ぎないのだが、E-Bookがブームとなり、10ドルが定着するのを怖れたのだ。これが第一幕。裁判で明らかにされたところによれば、そこで5社はiPadを導入したアップルと協議の上、2010年から「エージェンシー価格モデル」という、日本の委託販売制に近いシステムを導入し、アマゾンを含む小売業者との契約を改定した。北米市場で販売される大手6社のタイトルの価格は跳ね上がり、印刷本小売価格の倍近いことも珍しくなかった。定価24ドルの売れ筋本のハードカバーは、12ドルあまりで小売されるが、E-Bookでは18ドルといった具合だ。米国とEUの当局が摘発に動き、消費者訴訟も相次いだ。これが第2幕。こうしたケースでは談合事実の証明が難しいことから裁判の長期化は必至と見られた。
しかし第3幕は今年あっけなく終わった。出版社がなすすべもなかったような印象を与えるが、もし価格統制の撤廃が出版社の経営に甚大な影響を与えるほどなら、最高裁まで訴訟を継続したことは間違いない。予想外に早い決着は、アマゾンの脅威が(少なくとも価格に関しては)幻だったこと、高い売上の伸びと利益率、それに巨大な成長機会をもたらしたデジタル出版において、市場価格が必ずしも否定的なものではないことを認識したことを示していると考えるべきだろう。つまり、市場価格での2年、固定価格での2年を経て、大手出版社は多くのことを学び、新たな体制を構築しつつある。それはひと言でいえば「アマゾンに学び、アマゾンを超える」ということだろう。2010年初めに描いた戦略が、「アップルと結び、アマゾンを倒す」であったとすれば、180度の転換だ。この転換に2年をかけなかったことは、彼らが旧態依然たる伝統産業の代表ではなく、現実認識を持ったメディア業界のビジネスマンであったためだ。
成熟した北米E-Book市場
さて、出版社が価格統制を放棄した市場が、なぜ静かなのか。Michael Connellyの新作ミステリ“The Black Box”が$12.74、David BaldacciとJames Pattersonの新作ベストセラーも$11あまり、と$9.99にはいっていない。リーディング・デバイスは低価格化とともに売れ続け、デジタル読書人口は年末さらに増加する。値下げへの環境が整いすぎているだけに、この静けさに様々な憶測が飛んでいる。New York Timesの12月23日付、デイヴィッド・ストライトフェルド記者の記事によれば以下のようなものだ。
- シェア25%余りを占めて成長が減速(年率100%以上から30%台に)し始めた市場では、価格刺激がシェア獲得と結びつきにくい。
- デジタル読者は未読コンテンツを抱えており、コンスタントに買うものではない。価格も一様に上下するものではなく、タイトル毎に決められるようになった。(出版調査会社Simba Informationのマイケル・ノリス)
- アマゾンはE-Book販売中心から映画・TV・ゲームを含む「コンテンツ」販売に重心を移行している。(ハード調査会社iSuppliのジョーダン・セルバーン)
- ハードで元が取れないアマゾンにはコンテンツをディスカウントする余力はない(The Digital Readerのネイト・ホフェルダー)
- 昨年ボーダーズ書店が倒産し、400店あまりの大型店が消滅した余波で、「書店で見てオンラインで買う」という購買行動に影響が出ている。
1と2は合理的な説明だ。3は「本」をあらゆる商品販売のベースとしているアマゾンの基本戦略を理解していない。E-Readerで赤字を出していると推定できる根拠はないので、4.は考えられない。5もアマゾンが価格を下げない理由にはならない。
E-Book価格形成はジャンル、タイトル毎に細分化
本誌は、統制を外れたE-Book価格が、個別に、より市場に敏感になっていることに注目している。精密なアマゾンのアルゴリズムが、一律に$9.99などという値付けをしないのは、それを示すものだろう。初期に一律価格を採用したのは、市場に対してインパクトあるメッセージが必要だったからで、デジタル・シェアが20%を超え、中心的な読書層への浸透がほぼ完了した段階では、よりきめ細かい価格設定を試みるのは当然と思われる。価格は利益とシェアに影響するが、どちらを優先するかは経営判断だ。Kindleのシェアは60%台とみられるが、過去2年あまりの間、大手の統制価格下でシェアをやや落としたとしても、顧客ベースは順調に拡大し、好むと好まざるとに関わらず、30%のマージンを保証されたことでそれなりの利益を上げた。安定成長に移行したこの時期の価格戦略では、例えば青少年や児童、女性、教育といった、相対的に成長率が高く競争が激しい分野で価格攻勢をかけるほうが自然だ。(図は、卸販売モデルを説明したもの)
いまひとつ、アマゾン出版やKindle自主出版市場などとの兼ね合いもある。アマゾン出版は、アマゾンが出版し、アマゾンが大部分を販売するもので、自主出版本は2~4ドルの辺りに相場が形成されている。どちらもアマゾンにとって収益源となるもので、大手、中小出版社の値付けとのバランスの最適化が模索されているだろう。アマゾンが旧ビッグシックスの新刊に慎重な対応をとっているのは、そのためであろう。ホリデーシーズンは、その見極めが行われると思われる。◆ (鎌田、12/25/2012)