アマゾン・ビジネスモデルの謎を解く(♥)

アマゾンのエコシステムの構造は、ABIの分析でかなり明確になってきたように思われる。それはクラウドを介してデバイスとコンテンツを連携させる共助的なものであると同時に、デバイスの稼働(コンテンツの消費)によって一定期間を経て価値を生む、という意味で増分的で、またユーザーとの関係の濃淡に応じてKindleアプリと専用デバイスを配置する重層的なものだ。それによって安定的でかつ柔軟でアジャイルなシステムとなっている。デバイスとコンテンツの連携は困難なテーマだが、アマゾンが示した解は、完璧に計算された合理的なものといえる。[全文=会員]

デジタルコンテンツ市場の統合プロセスとKindleエコシステムの発展

Kindle Fireの投入が、“防御的”なものであるという見方を紹介したが、重要なことは、それが最初から計画に組み込まれており、タイミングも計算されていたということだろう。何の計画といえば、Kindleで自ら構築したE-Book市場と、アップルが創造したタブレット/アプリ市場を融合させるプロジェクである。デジタルコンテンツ市場は、音楽から始まって、書籍、雑誌、映画・TV、アプリ、ゲーム…と裾野を拡大している。それぞれの業界にとっては別の世界だが、コンテンツとして見れば同じ消費者が必要とするものだ。このデジタル化の力はジャガーノート(クリシュナ神が象徴する圧倒的な力)で逆らいようがない。音楽を制したアップルと本を制したアマゾン。この2社はデジタルのバリューチェーン全体を視野に収めている。

iPadの発表記者会見で、故ジョブズCEOは「Kindleの背に乗って」と言う表現で、ライバルへの意識を鮮明に示した。大手出版社の支持を受け、動的アプリ市場が静的なE-Bookを呑み込むという“逆王手”の形を誇示したわけだ。汎用メディア・タブレットのあらゆる可能性を示したiPadは短期間に数的優位を確保し、モノクロ画面でE-Bookしか読めないKindleを圧倒したかに見えた。アナリストはアマゾンがすぐに対抗機を出すべきであると主張した。本誌以外の多くがアップルの勝利を予想した。しかしアマゾンは動じなかった。iPadは想定内であり、むしろ初期のアプリ市場と消費者のニーズをテストする余裕があった。iOSエコシステムは本質的に限界を持っているからだ。

2011年は「タブレット」の年と言われるほど多数のデバイスが登場したが、アマゾンはまずAndroid向けにアプリ・ストアを構築し、次に(失敗に終わった)BlackBerryのPlayBook用に開発されたハードをそのまま改装してKindle Fireをリリースした。Androidタブレットでは、B&NのNook Colorが唯一成功したのだが、アマゾンは動かなかった。Nook Colorはアプリ市場を伴わなかったから脅威ではなく、逆に消費者が手を出す価格を探る手掛かりを与えてくれた。貴重なマーケティングであり、しかもKindle Fireの製造単価を引き下げることに貢献したと言えよう。

Kindle Fireは可もなく不可もないデバイスだったが、モバイル・ブラウザのSILKを導入し、WhisperSyncの能力を拡大し、クラウドサービスをマルチデバイスに対応させたことで十分だった。イノベーションはクラウド側にあることを、アナリストはまたもや見逃した。iOSエコシステムに対する新Kindleエコシステムは2012年に形成され、ゲームや映像系コンテンツに対応したKindle Fire HDをリリースすることができた。

コンテンツを軸にした連携を成立させたアマゾンの恒常的拡大戦略

アマゾンのビジネスモデル、とくにデバイスとコンテンツの関係については、替刃で儲けるジレットのようなものだと信じられているが、詳細について知られていることは多くない。かつて日本の家電メーカーが、ハードを売るために映像・音楽コンテンツに手を出したが、戦略としては機能しなかった。「電子書籍」の失敗もその延長上にある。補完関係にある両事業はついに協調させられなかった。いまソニーのコンテンツ部門は好調だが、AVは悲惨だ。モノづくり神話への執着、過剰な自意識がかえって自由な発想と冒険心を失わせ、ビジネスモデルを窮屈にしている。とはいえ、ハードを囮にしてコンテンツで儲けるというのは、それより確実に難しいように思える。

販売が安定しない、いわゆるミズものなコンテンツに対し、厳密な生産・販売計画によって進行するカタいハードというイメージは世間で定着している。ヤワラかいものをマーケティングに使ってカタいもので堅実に儲けるというのが常識。ハードで失敗すると修正が困難で損失が巨大なものとなるからだ。リスク回避を優先する常識人が考えるのは、アップルのように魅力的なデザインでブランドを確立することか、サムスンのように主要部品で圧倒的な競争力を持つかというくらいだろう。しかし、これは「二位じゃダメ」な世界で、ジョブズでも李 健熙でもない凡人には、かえって難しい。

恒常性を重視するアマゾンは、発想を逆転させ、コンテンツをミズものとは考えず、むしろ「上善如水」で、水のように形を変え融通無碍に流れるものと考えた。人は水を必要とするように、コンテンツを必要とする。デバイスが欲しくなるのは時々だが、コンテンツは毎日だ。個々のタイトルはミズものでも、全体として見れば安定している。タイトルはニーズをもとめてどこからでも生まれ、それらに接っした人々によってニーズは拡大する。オンラインストアの世界では、価格を下げ、供給のバラエティを増やせば、マーケティングによって売上は安定的に向上し、コストは相対的に下がる。

逆に、デバイスに軸足を置くということは、そこで利益を追求することを意味するが、ガジェットはデザインや性能/価格によって変化は激しく、景気変動も受けやすいので、販売を安定させるのは難しい。まして長期的に利益を向上させていくのは不可能に近い。設計と製造の分離がシステムとして確立した電子ガジェットの世界では、メーカーの優位はかなり脆いし、垂直統合はさらにハイリスクだ。デザインやイノベーションはトップメーカーだけが可能なことではない。むしろ逆なことが多い。(→次ページに続く)

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