ジャンル・フィクション台頭の意味するもの (♥)

RedHotハーレクイン社はコスモポリタン誌との提携によるE-Bookプログラム ‘Red Hot Reads’ のキックオフとしてエロチカ・ロマンスの大御所シルビア・デイとの間に2点の出版契約を結んだことを発表した。金額は7桁(x百万ドル)。雑誌や新聞が書籍(E-Book)に進出する動きは昨年から目立っており、雑誌(Playboy、Newsweek/Daily Beast)、新聞(Washington Post、Wall Street Journal)、放送(NBC)など一般化しつつあるが、今回は書籍-雑誌の提携で金額も大型化した。これにはデジタル化による構造要因が背景としてあり、一過性のブームと考えるのは危険である。[全文=会員]

ニッチがニッチでなくなった:メインストリームの消失

Silvia_Day_book英語圏では、出版界で高い名声を得ながら自主出版も行う作家をハイブリッド作家と呼ぶそうだが、デイはその筆頭。昨年秋に、あの 'Fifty Shades' よりセクシャルで刺激的と言われた’Crossfire'三部作(ペンギン社)で短期間に600万部を売ったことは記憶に新しい。女流エロチカは(女性が買いやすい)E-Bookで巨大市場になったと言われ、デイの大ヒットによって、E.L.ジェームズがけっして例外ではなかったことが証明された。E-Bookは習慣性(中毒性)のあるジャンル・フィクションには不可欠のものとなっている。読者は数冊まとめて買い、E-Readerで貪り読む。ミリオンセラーが半ば確実なデイのような場合、契約も億単位となるのも当然だろう。

ハーレクイン社の昨年の業績 (DBW, 3/6)は、売上4億1,472万ドルで7%あまりの減収となった。競合他社のベストセラー ('Fifty Shades')が一人勝ちしたためだ、と弁明しているが、紙からデジタルへの移行が急で、強力なE-Bookのシリーズものを持たないと苦しい。セクシー路線で300万部を売る女性誌コスモポリタンとの提携、大御所シルビア・デイとの契約は、背水の陣とも言えるものかもしれない。ジャンル・フィクションの成功は、メインストリームへの進出を意味し、版権市場も高騰した。ランダムハウス系が成功させた'Fifty Shades'のような超ミリオン・セラーは、ニッチ市場の王者(女王)であったハーレクインにとって脅威以外ではない。

いまや5大出版社はすべてジャンル・フィクション重視に転換し、アマゾンも自主出版から通常出版、映画化にまで至る体制を構築した。これらの意味するところはニッチとしての「ジャンル」の消失である。これもデジタルがもたらした変化の一つだろう。ジャンル・フィクションのメガヒットは、物流に依存せず、メディアの書評に依存せず、マス・マーケティングに依存しないデジタル時代において可能になり、老舗の大手出版社もそれに追随せざるを得ない。ハーレクインには逆に苦しい時代かもしれない。

新「大衆小説」こそデジタル時代の出版のバックボーン

pulp_fiction日本の「大衆小説」にあたるジャンル・フィクション(冒険、犯罪、ファンタジー、ホラー、ミステリ・推理、恋愛、SF、時代…小説)は、伝統的に文芸小説 (literary fiction)と区別され、格下の存在と見られてきた。読者の欲望に応え、その代償行為となるエンターテイメントを提供する作品は、その消費的性格のゆえに、高い“生産性”が求められ、結果的に一定の規格や約束事に従った非個性的なものとなりやすいためである。しかし、紙の時代の約束事はデジタル時代に入って変わった。作家は自分のスタイルで執筆できるので、この世界の職人的編集者の指示を聞かずに書き、出版する。ほとんどは失敗するが、オリジナリティのあるごくわずかな作家は固定読者を掴む。その読者(このジャンルのオタク)はそれぞれユニークな視点を持ち、それを他人と共有したいと思っている。

ジェームズ・サロヴィエツキの「群衆の知恵(Wisdom of Crowds)」によると、これが成立する条件は、多様性、独立性、分散性、そして正しい意見の集約方法であるという。ジャンルを破壊するジャンル・フィクションの登場は、E-BookとSNSがその前提を満たしている可能性を示唆している。だとすれば、このスタイルが21世紀の出版をリードする可能性を検討してみる価値がある。

出版社は作家と作品に投資をする存在であり、作家の名声であれ柳の下の泥鰌であれ、リスクを最小化したいと望む。他方、文芸批評は人物や展開、描写がパターン化されている作品をまともに扱わないので、もちろん保守的だ。そうした業界の格付は書籍市場にも反映されていだのだが、デジタル5年目の英語圏で「ジャンル」は空洞化した。日本はまだその段階には遠いようだが、かつての「文壇」なきあと、「メインストリーム」が弱い市場だけに、変化は速いかもしれない。書店の「文芸書」コーナーは閑散として久しい。 ◆ (鎌田、03/13/2013)

  • 今日の米国出版における「ジャンル」の区分としては、ペンギンの自主出版サービス事業であるBook Countryが提示している「ジャンル・マップ」が参考になる。5つの大分類の間に多数の中間ジャンルがあり、増え続けている。

BookCountry_Genre_Map

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