新市場を開拓した女流エロチカ (♥)

relief-sculpture-of-ellora-cave「女流官能小説」(以下エロチカ) はE-Bookで最も成功したジャンルの一つだろう。印刷本-書店という流通環境で商品性を否定されていたものが、流通(オンライン)、供給サイド(自主出版)、ソーシャル環境(ブログ、SNS、クラウド)の変化に支えられて、メガヒットを生み、メインストリームに上り詰めたプロセスは、じつにドラマチック。しかし、男性的偏見のせいか、日本ではこの快挙はあまり評価されていないし、その様子もない。それ以上に、ビジネス的な意味も過小評価されている。[全文=会員]

自作を出版するために、手作りで出版ビジネスを始めた

Ellora米国の出版業界は、かなり女性中心の職場で、それは編集者、記者から“Cクラス”(経営幹部)にも及ぶ。それでもエロチカに関しては最近まで、大出版社どころか、そもそも扱う出版社がほとんどなかった。少なくとも「活字にすべき価値がない」と考えられてきたわけである。何事にもパイオニアはいるもので、この方面では Ellora's Cave (エローラ石窟) が有名だ。この会社は、大学生でシングルマザーだったティナ・エングラーによって2000年に起業された(オハイオ州アクロン)。

生活保護を受けながら作家として身を立てようとしていたティナは、作品を扱ってくれる出版社がないので、その母のパティ・マークス(現CEO=写真)とともに出版社を始めた。もちろん印刷機を回す資力はないので、E-Bookしか選択の余地はなかった。Kindle登場のはるか以前である。お客にはPayPal で送金してもらい、WordとPDFファイルを送るという最も原始的な出版だった。こうした出版社はいくらもあったと思われるが、“エローラ石窟出版”が違ったのは、月1、2の売上でスタートしながらも、多くの作家を発掘し、5年で億単位の出版社となり、現在では、億を稼ぐ作家も含めて800人余りの作家を擁し、発行点数が約5,000点で、月に12万冊を売上げるまでになったということだろう。これもアメリカン・ドリームだ。

EC_Pattyジャンル・フィクションはそれ自体カテゴリを背負っているが、同時に多数のサブカテゴリが生まれる。エローラは、伝奇、ファンタジー、サスペンス、サイコ、冒険、SMなど20を超えるラインおよびテーマを持ち、また看板の Romantica や EC for Menなど4つのブランドから出版している。パターン化を細かく行うことで、マーケティングや著者対応、読者管理、出版計画、編集品質管理などに生かしているものと思われる。元祖“マミー・ポルノ”はダテではない。

価格はほぼ5~8ドルが中心で、もちろん同社が直接コントロールしている。エローラはアマゾンなどに依存しない、直販方式をとる。E-BookはEPUB、PDFとMobi、HTMLの4フォーマットでほとんどのデバイスに対応。DRMや電子透かしはなく、「不許複製」の注意書だけで済んでいるようだ。このへんも通常の出版社と違う。商品の主力はE-Bookで、紙は補助的なものという位置づけだ。補助の内容は不明だが、おそらく新規読者の獲得用、ファン向け、非デジタル読者向け、書店向け、といったところだろう。最初からデジタルに軸足があるので、無用につくりすぎることはない。

出版マーケティングにおける女流エロチカの意味

エロチカがE-Bookとともに猖獗した最大の理由は、顔を見られずに購入でき、表紙を見られずに読め、他人に知られずに持ち歩いたり所蔵できたりする、ということにあった。デジタルは商品として成立する前提で、やがてSNSで幅広い女性に広がり、それを背景にして目抜き通りの書店にも進出することになったと考えられる。E-Book→SNS→大手出版社→書店、という流れだ。E-Bookが街の書店を潤した確かな例と言えるだろう。男性の本能や好奇心を刺激するタイトルが堂々と並ぶのに比べ、考えてみれば女性向けのものは書店でも「抑圧」されてきた。エロチカに手を出すことが噂になるような社会は、それだけでもストレスだ。潜在的ニーズはマグマのように溜っていたものと思われる。性を聖化するエローラ寺院に着想を得たと思われるエローラ出版は、一つの文化革命を起こしたといえる。

そんなものはクズだ、ゴミだ、と言う人も多いだろう。しかし、筆者はエローラによるこの文化革命を高く評価している。ゴミの山から掘り出し物を探す楽しみは、毀誉褒貶と同様、社会全体に開かれているべきだ。

  • デジタルでしかできないコンテンツがブックアプリ以外にも存在することを示した。おそらく大衆文化の決まり事や偏見に縛られて開花できないでいるニッチはまだある。
  • 男性中心のエロチカは、暴力と権力に結びつき、攻撃的なイデオロギーを再生産してきたが、エローラの健全な「ロマンチカ」路線はそれを中和する。
  • 人間にとって人生は辛いもので、逃避的、代償的体験を与えるファンタジーを求める。ファンタジーが豊かで、かつ多様であるほど、毒性も弱くなり、薬にもなる。
  • ジャンル・フィクションは、膨大に消費されるが、ゴミがあっての傑作だ。エロチカの中から文学的価値の高いものが生まれる可能性は平等にある。
  • 商業出版を経済的に成立させている柱であるジャンル・フィクションが活発に拡張・変化・融合などを繰り返していることは、このビジネスにおいて理想的状況だ。

ここで日本について考えてみると、出版界における女性の力が弱いだけでなく、出版そのものが女性の社会進出(社会的上昇)を阻み、男性優位社会に合った特定の「女性像」を押しつける役割を(たぶん無意識的に)果たしてきた。『妊娠小説』や『紅一点論』などで斎藤美奈子氏が指摘している通りだ。是非善悪の判断は個々人に委ねるとして、筆者が問題としたいのは「押しつけ」のほうで、これが市場の成熟・発展を阻んでいると思う。(鎌田、06/13/2013)

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