DRMフリーの利点については、しだいに共有され始めているが、実装能力、販売力がある一部の出版社以外は、簡単に選べるものではなかった。6月16日に立ち上がったオーストラリアのE-Bookストア Tomely (トームリー)は、「賢い読者と出版社が2013年に望む電子書店」を目ざし、すべてDRMフリーで提供するほか、直接決済、手数料(売上シェア)を20%など、いくかのアイデアを盛り込んだ。アマゾン型プラットフォームは唯一のモデルというわけではない。それどころか、唯一の例外かもしれないのだ。[全文=♥会員]
DRMフリーで可能となる“ポスト・プラットフォーム”
Tomely は、数百万点のカタログリストを有し、検索エンジンとDM、デジタル・マーケティングで機能する、顔のないメガ・モール型オンラインストアに対するアンチとして発想された。メガ・モールに欠けている「親しみの持てる本屋さん」の体験を志向したと創業者は述べている。もちろん、オンラインである以上、見掛けを変えただけでは何も変わらず、書店である以上、商品知識の豊富な書店員を揃えれば採算がとれない。Tomelyは DRMフリーによって何が可能となるかを追求し、そこにオライリーなどの出版社とは別の可能性を発見したのである。
Tomelyは、書店というものを、流通における伝統的な<商品と消費者の間のインタフェース>ではなく、むしろソーシャル・ネットワーキングにおける<出版者と読者の間のインタフェース>に徹することで新たな可能性を求めていると思われる。つまり、出版社や著者(自主出版者)が、直接それぞれのサイトでコンテンツを販売、販促できるような環境を提供する。この環境を使って出版者は、ゲラを書評者に送付したり、販促用の割引クーポン・コードを発行できる。出版者にとっての最大の魅力は、しかし売上が直接入金されることだろう。通常のオンラインストアでは数週間から数ヵ月も待たされるのだが、Tomelyは決済を代行せず、補助する。
- 入稿はダッシュボードからEPUBファイルをドラグ&ドロップして行う。Kindle用のMobiファイルはTomelyが自動変換
- 購入者はEPUB、Mobiファイルを Kindleや iBooksにダウンロードして読む。またソーシャル・リーディング・プラットフォームの Readmillに送ることが出来る。
- 売上は(Tomelyの取り分20%を引いて)出版者の口座に直接入金。顧客の情報もメールリストなどに提供可能。
- 契約金、月額料金などは不要。売上シェアの20%のみ。
- ディスカウント・コードをSNSに発行可能(Twitter、Facebookは準備中)
メタに徹した新世代のビジネスモデル
Tomelyの創業は、コナー・トーマス・オブライエン (Connor Tomas O'Brien=写真左) とフレッド・ファン (Fred Fan)の二人の青年起業家(企画・デザインおよび開発)。流通にフォーカスしない書店というアイデアは、従来のブック・ビジネスの発想ではない。例えば、Infinite Bookという面白い仕掛けだ。Tomelyにアップロードされた書籍の本文からの抜粋をランダム・サンプリングで、エンドレスに提供している。
念のために、DRMフリーの利点をおさらいしておこう。まず、ユーザーがデバイスを自由に選べる。紙の本と同様に購入し、(法律の範囲内で私的に) 使い、SNSなどで引用を共有することが出来る。つまり、ふつうの本と同じということだ。DRMフリーの電子書店は、巨大なクラウド・サービスなどを持つ必要がない。顧客の合理的行動を信頼する(あるいは非常識な行動の可能性を過大に考えない)ことで、小規模でも商売ができる。ふつうの書店のように。しかし、別の可能性も出てくる。Tomelyは、リアルでもバーチャルでもない、メタな書店となった。オーストラリア人は独特の想像力を持っている。粗削りだが独特の魅力があった昔の大ヒット低予算映画『マッドマックス』を思い出す。
Tomelyは書店というよりは、出版者と読者をつなぐ新しい発想のサービスということができる。情報提供/販促と納品/決済に関する基本的なものは備えており、その外側に新しい付加価値をデザインすることが出来そうなのも優れた点だ。立上げ時点では、小出版社や自主出版者の約500点を揃えているが、今後数ヵ月で大幅に増加することを期待している。◆ (鎌田、06/18/2013)