始動する米国大手出版社のデジタル・ブランド戦略 (♥)

scream米国の大手出版社がデジタル・ブランドを次々と立上げ、そのすべてがジャンル・フィクションであることが注目されている。各社が同じシフトを採ったということは、これが新しいオーソドックスになりつつあることを意味する。そこで背景を考えてみたい。デジタル・フィクションは21世紀の“パルプ・フィクション”であり、伝統的出版人の眉を顰めさせながらも、産業的、技術的、社会的、文化的に新しい地平を切り開いていくだろう。[全文=会員]

なぜデジタル・ファーストか:電子化から製本化へ

日本より規模の大きい欧米の大出版社は、機動性・独創性を高めるために、音楽レーベルのように、分野や対象読者、方向性によって Imprint を設置するのが一般的だ。実質的にブランド価値を志向しているので、ここではブランドと呼ぶ。デジタル・ブランドは、E-Book専門/先行の出版ブランドだが、大出版社がこれに取組む理由は以下のようなものがある。

  • 新規のビジネスモデル(制作、マーケティング、販売手法)を試行する
  • 短期・低コストでジャンルを開拓し、新しい著者の著作を出版する
  • デジタルに最適化した価格、マーケティングを徹底する
  • 長さ(ページ数)などを気にせず同じフォーマットで扱える

impulseハーパー・コリンズが4月30日に、傘下の William Morrow から立ち上げたのは、ミステリ、サスペンス、スリラー作品専門の Witness(目撃者)という、いかにもソレらしい名前の新ブランドだ(→リリース)。10月からの発刊予定で、すでに100タイトルを準備中。またオリジナル以外に、アガサ・クリスティの『エルキュール・ポワロ』シリーズ全作品をシングル版と1巻本(チャールズ・トッドの序文付)で発刊する。古典的作品のデジタル版と新作オリジナルを組合せて読者を呼び込む手法は、アマゾンがすでにやっている。

オリジナル・タイトルについてHCは、「Witnessの作家たちには、完全な編集上の支援のほか、戦略的マーケティングおよびパブリシティ・キャンペーンを行う専属のチームがつきます」と述べている。価格については同社のデジタル出版プラットフォーム、Impulseによって「市場に機敏に反応する、機動的な価格設定」を行い、印刷版への需要があれば、すぐに対応して書店への営業を行う、とも述べている。Impulseは、もともとロマンスもののブランドAvonとともに使われていたが、その後デジタル・ファースト出版のためのプラットフォームとして独立したようだ。これで出版したタイトルの約6割が「製本化」されている。

デジタルをトライアルとして使い、プリントの需要予測をきめ細かく行って書店から予約をとることでコストを最小化するということだ。詳細は明らかでないが、デジタル→プリントの制作、販促、発売のプロセスとルール化は、スケジュールも含めてかなり精密に設計されていると思われる。米国の出版社は、発行までに時間をかけ、ゲラを使ったプレ・マーケティング期間にメディア・書評者への配布を行い、書店からの仕入れ予約を受け付けている。それでも精度は一定以上にはならない。おそらく、E-Bookを先行させることで、発行までの期間短縮と需要予測精度の向上を目指したものと思われる。さらに推測すれば、需要予測、生産管理のシステムは、すでに出版社の内外で確立されたシステムと方法をアレンジすれば足りるはずだ。

デジ・ファースト出版では、印刷本を「デジタル化」するのではなく、E-Bookを「製本化」するという逆転した(しかし合理的な)状態になるということに注意していただきたい。HCのImpulseはそのためのプラットフォームであり、Avon(ロマンス)とYoyeger(SF・ファンタジー)ですでに実用化されている。出版社にとって、新しい著者の作品を投入する必要はあるものの、リスクが大きいために採用しないことが多い。それが自主出版市場の拡大につながってきた。HCの Impulse は、マーケティングと出版におけるアマゾン対応ということでもある。

ジャンル・フィクションには最適なシフトで

Flirt-Alibi-Hydra1ランダムハウス(ペンギンとの合併が正式になったので、PRH)は、SF/ファンタジーの Hydra、ミステリの Alibi、若者向けの Flirt、ロマンスの Loveswept の4つのブランドを立上げた。RHのデジタル出版担当・アリソン・ドブソン副社長によれば、これはデジタルに固有なニーズに対応したものという。上記のフィクション分野はデジタル比率が特に高く、時に60~70%にも達する。デジタル需要が特に高い分野では、それに最適化されたブランドとプロセスを、という発想だが、HCのアプローチとも共通するのは、以下のような点だ。

  • 拙速を要するデジタルを、足が遅いプリントに合わせることは正しくない
  • デジタル率が高いジャンル・フィクションではデジタル中心のマーケティングをする

ところで、「ジャンル」でもっぱらE-Bookが売れる理由については諸説あって、まだ定まっていない。その一つは、他人に表紙を見られることが少なく、気がねなく読めるから、というもの。これはロマンスについては説得力があるが、すべてに該当することではないと思う。結局、いつでも簡単に入手できるからというのが、最も単純で合理的な理由だろうと思う。個人的に言っても、ネットで「ジャンル」本を買うのは夜遅くが多い。夜にふさわしいのが「ジャンル」ものだ。そして、「ジャンル」ファンは最も早くE-Bookのコア・ユーザーになったことが知られている。なぜ「ジャンル」がデジタルかについては、メタ・データを使ったマーケティングの網にかかりやすいことや、レスポンスがすぐに得られることによるマーケティングの最適化の問題など、複数の要因が絡んでいる。Forumにも書いたのでぜひご一読を(「『電書1兆円』は正夢? (4):本はコモディティか」)。

pulp_fictionちょうど1世紀前は、パルプ・マガジンから生まれたパルプ・フィクションの全盛期だが、そこから多くのSFや推理の古典が生まれた。当時のローコスト/ローエンド印刷技術と新しい流通、マーケティングによるイノベーションだ。第二次大戦後はペーパーバックにその座を譲ったが、10セント(一般の雑誌は25セント)で販売可能な雑誌が、多くの新人作家に機会を提供し、出版文化に革命をもたらしたと言える。E-Bookはおそらくパルプ・フィクション以来の影響をもたらすだろう。 (鎌田、07/03/2013)

参考記事

 

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