「著作権は何のためにあるのか」の研究

copyright3イリノイ大学ロー・スクールのポール・ヒールド教授が最近発表した統計的研究(→PDF)によれば、著作権は著作の入手を困難にし、パブリックドメインはその逆に働くことが明らかになった。ISBNでアマゾン・ストアからランダムに抽出した7,000点をサンプルに発行年で整理し、ランク付けした。1923年以前の著作権切れ以前のものに比べ、「保護」されているものほど入手は困難になっている。データによって、現行著作権が知的遺産へのアクセスを阻害していることは明らかだ。著作権はカネのことしか考えていない。

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Amazon.comで販売されている書籍をランダムに標本化したところ、1850年代に初版が刊行された書籍は、1950年代のものの3倍に達した、という発見は、著作権が著作物の消滅・死蔵を増やす方向に作用していることを示すものだ。版権切れの書籍は現在もなお商品であって、無償で提供されると同時に、出版社を潤している。米国では著作権の期限をさらに延長する方向での議論があるが、この研究は一石を投じるものとなるだろう。ちなみに、日本のTPP参加は、米国著作権保護期間の受け入れにつながる可能性が高い。著作権保護延長は、社会と出版にとって自傷的・自滅的なものだ。

no access2著作権の保護期間は、著作者の死後50年または70年をもって消滅するものと規定する国が多いが、著作権の創設当初は14年程度と常識的な長さだったものが、原著作者とは無関係に、「財産権」の継承者の権利期間延長が立法措置によって行われてきたことで途方もないものとなった。米国では1998年制定の著作権延長法(俗に「ミッキーマウス保護法」)によって、1977年までに発表された作品の法人著作権の満了は発行後75年から95年に延長された。当然の結果として、商業的に繰り返し使われてきた「商品」の寿命が延びた反面、商品価値を見いだされる可能性の少ない膨大な著作物は、権利所在不明な「孤立作品」「孤児著作物」としてアクセス(購入・鑑賞・閲覧)されることも稀な状態に置かれている。

PaulHealdヒールド教授(写真=右)の研究は、映画音楽における著作権付とパブリックドメイン作品の利用についても考察している。音楽の場合は、演奏・製作にコストがかかるので、PD作品の利用はもともと多くないが、PDになっても利用は活字著作物ほど簡単ではない。また1930年から1960年までの、米国、フランス、ブラジルのナンバーワン・ヒット曲のアクセスおよび利用の状況についてもYouTubeで調べているが、ほとんどのビデオが版権保有者以外からアップロードされ、著作権侵害に当たるものが多いが、Secondary Liability Rules は事実上 YouTube/Googleを免責しており、アマチュア演奏者の演奏が、こうした曲が忘却の彼方に埋もれるのを防いでいる。

さて、著作権の延長が、著作者の収入や作品へのアクセス拡大とは無関係であり、現所有者が入手し、商業価値を発生させている1-2%の作品の資産価値を最大化させるため(つまり利己的・非社会的目的)であることは言うまでもない。問題は、それによって98-99%の「孤立作品」を忘却の淵に沈め、膨大な機会損失を招いていることだ。それを活性化しようとしたのが Googleのプロジェクトだったのだが、どうも当面はアクセスの拡大につながりそうもない。出版業界の著作権に対する対応は、錯覚に基づく自傷的なものであり、社会はもとより、自身の利益にもなっていない。 (鎌田、07/10/2013)

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