W3CのDRM標準EMEは泥沼を避けられるか

Key-to-HeavenW3CのHTML5作業グループが今年の3月、DRMに関するAPI新規格 (Encrypted Media Extensions) のワーキングドラフトを提案し、それに対して「オープンWeb」の理念を共有する27もの団体が公開状 (4/24)で猛烈な反対を表明して大きな論争(とりあえずここを参照)になっている。問題は大きく、しかもEPUBにも直接的な影響があるので、本誌でも逐次紹介していくことにしたいが、その前にとりあえず、問題を概観し、状況を確認してみる。次元の違う議論の衝突は、大きな危険を孕んでいる。しかし、どちら側もハイレベルなテクノロジーのコミュニティを背景にしているので、高次元な解決が期待できるかもしれない。

オープンWebの理念とDRMの現実の妥協

EMEはDRMの標準ではなく、DRMシステムを利用するためのAPIである。とくにDRMの鍵であるコンテンツ暗号解除のためのContent Decryption Modules (CDMs)へのアクセスを提供する。現在のレベルは第一次草案だが、これはかなり重たいものなので、反対者もかなり力を入れて運動を盛り上げている。つまりビジネスやテクノロジーを超えて、オープンWeb、オープン・ソフトウェアの理念と相容れないDRMという現実とどう向き合うかをめぐる政治的問題に発展したということだ。EMEの提案には、マイクロソフト、Google、Netflixが関係しているが、このこともまた反対者を刺激している。

アクセスを制限することで「特定のコンテンツ」を保護するDRMは、Webの中での租界のような存在だ。コンテンツ・ビジネスが拡大する中で、DRMはプラットフォーム・ビジネスモデルの一部となることで重要性を増し、租界を広げている。他方でそれは、海賊防止には役立たず、アマゾンの優位をもたらしていることは本誌でもお伝えしている通りだ。DRMを悪として反対運動を行っている人々は、法廷闘争などによってDRMを廃絶に追い込もうと考えている。

EMEの提案者は現実にDRMが存在する以上、DRMの鍵にすらアクセスできない現状は、Webの穴、あるいは腫瘍が広がっているようなもので、それこそが標準技術で構成され、実現されているWebに対する脅威であると考える。ジェフ・ジャッフェCEOも、現在のEMEは一つのドラフトであるとしながらも、Webサイドでの標準化の必要を主張し擁護している。DRMで保護されたコンテンツをWebから利用出来るようにしておくことは万人の利益であり、EMEはそのための現実的妥協であるというのである。それが出来なければWebはユニヴァーサルな空間ではなくなる。EMEのようなAPIのニーズは多いので、W3Cがやらなければほかのコンソーシアムや企業がやる。その場合はWebが分裂することにもなりかねない。

「まだEMEを標準化したわけではありません。私たちがこれまでやったことは、コンテンツの保護への要求が妥当なもので、Webプラットフォーム・コミュニティが関与すべき妥当なユースケースだという事実を受け容れた、ということです」とジャフェCEOは述べている。とりあえず枠組みを認めさせたいということだ。しかし、反対者には説得力を持たない。ジャフェCEOは常識人だが、理念中心の人たちとの接点を持てるとは思えない。噛み合わないだろう。難しいことだが、最初からWebの発明者である TimBL (バーナーズ-リー御大) を中心に別の議論の枠組みを用意しておくべきではなかったのかと考えてしまう。 (鎌田、07/03/2013)

参考記事

提案されているEMEのメカニズム

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