E-Book価格とマーケティング:Nookの教訓(♥)

sale4米国における大出版社の「定価カルテル」の終焉と「卸販売制」への回帰の結果がどうなるかについて、これまではもっぱら、出版社の“$9.99問題”として検討されてきた。つまり、新刊E-Bookが安い価格で販売されることによって、紙が売れなくなることだけが注目されていたわけである。本誌はこの「カニバリ幻想」を一貫して批判してきたのだが、減ったのはハードカバーではなく、Nookのシェアだったという事実をどう考えたらよいだろうか。[全文=会員]

“大手定価制”の2年間に何が起きていたか

brueghel_cockaigne00新刊フォーマットをめぐる問題は、さして深くはない。米国の商業出版では卸販売制が主流であり、B&Nなどの大手書店チェーンは、ベストセラーについては、もともと12ドルあまりの店頭価格で販売してきた。出版社が嫌がっていたことは言うまでもないが、この問題はその昔に法廷での決着がついている。言い換えれば、「ベストセラーはいくら売っても儲からない」というのが(アマゾン以前からの)大手書店の常識であり、身銭を切って多くの消費者に売ってくれる書店に対して、「ハードカバーペーパーバック」という序列を守りたい出版社は、苦い顔をして見ていたわけだ。(左の絵は、ピーテル・ビューゲル「怠け者の天国」)

さて、新刊電書に$9.99というアマゾンの“無道”に憤激し、将来を暗澹なるものとして見ていた出版社は、書店に対する積年の不満を一気に晴らしてくれそうなジョブズ提案に有頂天になったことだろう。宿願の「価格決定権」を獲得し、新刊E-Bookの価格は一気に跳ね上がった。これによってどの程度E-Book販売が抑えられたかを知る方法はないが、6社のE-Bookが非競争的市場となったことで、市場は大まかに、以下の3つに分かれた。

a. エージェンシー価格で定価販売される大手6社の書籍(ベストセラーの大半を含む)
b. 卸販売制をとる、大手6社以外の中堅・中小出版社の書籍
c. 大半が5ドル以下で販売される自主出版書籍

一般にはアマゾンといえば「安値販売」をイメージするように印象操作されているようだが、アマゾンは徹底して理性的な企業であり、その価格政策は「市場の持続的拡大のための最適価格」という常識的なものである。あるいは「売上が最高になる価格」と言ってもよいが、売れる本は安く、売れない本は高いので、筆者のように価格弾力性の低い本を好む人間には、「少なくとも他より高いことはない」という程度のものだったりする。“大手定価制”という2年あまり続いたシステムの下で、a.については等しく30%の手数料が約束された。B&Nにとってみれば「電書ベストセラーは売れば売るほど儲かる」という、従来の感覚で言えば「濡れ手で粟」のような状態である。この時点では、仕掛けたアップルはもとより、B&Nもアマゾンも労せずして利益を得た。B&Nの失敗は、この“定価バブル”に頼ってマーケティングとUI開発の努力を怠ったことだ。

力をつけたアマゾン、何もしなかったB&N

何もしなければシェアを緩やかに低下させるしかないアマゾンは、周知のように

  1. b.c.におけるマーケティングの強化(価格刺激+キャンベーン)
  2. 利益率の高いアマゾン出版の拡張

Brughel_fishに力を入れ、大手出版社を刺激しつつ、大手を価格マーケティングに巻き込む地道な策を進めた。a.で差別化が生じない以上、そうするしかなかったし、そうする限り、優良顧客はアマゾンを離れず、定価本も買ってくれるので、その利益はすべてマーケティングやUI/UX開発に投入できる。“定価バブル”に安住したB&Nに対して、2年間で大きな実力差をつけたことは言うまでもない。同じことは大手出版社にも言える。アマゾン出版と自主出版は優れたマーケティングによって大きく成長した。定価制によってアマゾンの手を縛る代わりに(結果的に)キャッシュを渡すという安易なアイデアに乗った出版社首脳の「世間知らず」は、(多額の賠償金を外しても)高くついたと思われる。ちなみに、大手出版社が得たものは、消費者の不信以外何もない。

“大手定価制”の終焉によって、ベストセラーの廉価販売が再開され、Nookのシェアは下がり赤字は拡大した。安易なドル箱を失って、途方に暮れたことは間違いない。利益はマーケティング(付加価値)で得るしかなくなった。重要なことは、それがデバイス販売の激減になって表面化したことだ。デバイスの価値はストアの有用性によることが再び証明されたと言えよう。

行政の介入によってエージェンシー価格の廃止が濃厚であった昨年前半の時点で、Nookのビジネスモデルの修正が迫られていたことは明らかだ。最低限、価格変動に対応したシステムの更新くらいはやっておくべきだった(アップルやKoboはそうした)。  (鎌田、08/29/2013)

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