「紙とデジタル」の最適解へ (♥)

winwinアマゾンは3日の Paperwhite 新製品発表と合わせて、それ以上に重要と思われるプログラムを発表しているが、中でも10月から開始する Kindle MatchBook は、紙とデジタルの今後の関係を考える上でも重要な意味を持つものとなろう。印刷本を購入した(あるいはこれまで買ったことのある)ユーザーが、$2.99以下でKindle版を購入できるというものだ(無償もあり)。紙とデジタルの関係をめぐって5年あまり彷徨ってきた出版界にとって、このことの意味は大きい。[♥=期間限定公開、9/30までどなたもお読みいただけます。]

10月の立上げ時点で、1万点あまりが対象となると発表されているが、重要なことは、これが「ユーザーに大きな価値を提供すると同時に、新しい売上機会を加える」イニシアティブとして、出版社と著者(版権所有者)に対して提案されていることだ。承諾がとれ次第、対象書籍は拡大していく。スタート時には、アマゾン出版の刊行物、自主出版物 (KDP)のほか、ハーパーコリンズ社の既刊・新刊の一部も加わり、最近のベストセラーも含まれている。郵送バンドルの場合、アマゾンは MatchBook 価格に基づいて版権料を支払うという(手数料が30%なら最高で2.1ドルあまり)。

kindle-matchbook-amazon紙とデジタルの組合せ、あるいはカップリングの可能性については、かねて議論はされながらも出版社側のトラウマが強すぎて、例外的・実験的なものでしかなかった。しかしアマゾンは相乗効果についてかなり確信を持っていたようで、MatchBook は、出版社としての実績を重ねた上でのスタートとなった。しかしビッグ5の一角であるハーパーコリンズが参加したことは、この方式が短期間でノーマルなものとなる可能性を示している。

アマゾンによれば、紙とデジタルのバンドリングは、ユーザーが最も待ち望んでいたサービスであるという。個人的実感としてもそうだし、事実として、日本でかなりの読書家がわざわざ自炊を行っていることでも理解できる。もっとも、この場合には数千円もする印刷本を断裁・廃棄してしまうわけで、ともに持つわけにはいかない。自炊批判派は本を断裁する行為を反道徳的として断罪していたが、デジタルの利便性を妥当な追加料金で提供するプログラムは、新刊・既刊本に関しては電子化のための断裁も一掃できるわけだ。どうしても紙の本を書棚に置いておけない場合は、人に譲るか古書として売るという選択肢も得られる。

デジタル出版の法則

紙とデジタルに関して、米国の出版社はまず二者択一のものと考えて、性格の違うフォーマットが両立する可能性を視界から排除した。そして新刊ハードカバーをプレミアとし、ペーパーバックを廉価版とする時間的序列の最後尾におき、価格のほうは紙とそう違わないものとすることで紙の販売への影響を極小化する方針を採った。2008-9年はそれが一般的だったと思われる。

bundlingE-Bookは爆発的に市場を拡大させた。アマゾンは新刊ベストセラーについて、紙の店頭価格より若干安い$9.99の値をつけて販売を加速させ、他方でこの「低価格」に恐怖した大手出版社は、アップルの提案に応じて「エージェンシー価格」で結束し、アマゾンはそれに対してマーケティングを高度化させる正攻法で応じた(前号を参照)。そして2年間の定価時代が続いたわけだが、そこで起きたことは大手出版社が予想しなかったことだった。E-Bookが新刊ハードカバーの販売に影響する兆候は見られなかった。E-Bookの販売時期を遅らせることは無意味であることがすぐに分かり、同時発売が一般化したことは言うまでもない。

しかし、デジタル版が*高値にもかかわらず*よく売れ、総販売額の中でのデジタル比率を高めたにもかかわらず、印刷本の販売が影響を受けた兆候は(ニューススタンドで販売される量販フォーマットを除いて)ついに見られなかった。そこから出てくる結論は以下のようなものだろう。

  1. E-Bookの価格が印刷本の販売に影響することはない
  2. E-Bookの売上を最大化する最適価格があり、それは印刷本の価格とは無関係
  3. E-Bookは、価格よりも、フォーマットの利便性によって選択されている
  4. デジタル・フォーマットは、コンテンツの商品としての可能性を最大化する
  5. E-Bookにおいて固定価格は意味を持たず、固執すれば有害無益

さらに言えば、熱心な読者ほど、紙とデジタルの両方を持ちたいと望んでいる。この熱心な読者はソーシャルなマーケティングのキーになる存在であり、その要望に応えることが次の1冊につながるので、無償であるか有償であるかはともかく、出版社/著者が進んで提供すれば、次のリターンが期待できる。

こうしてみると、エージェンシー価格制は独禁法問題を度外視しても完全な失敗だったことが理解できよう。米国司法省の判断はまったく賢明なものだった。それが大手出版社の損失を罰金だけに止め、紙とデジタルの関係を身をもって理解するきっかけになったとすれば、そちらも悪い話ではなかったことになろう。定価制を失い、2億ドルあまりのペナルティにも意気消沈していないのは、ビジネスにとっては前向きな話だからだ。デジタルというパラダイムを理解し、過渡期の経営戦略における迷いを捨てることが出来た。デジタル比率はとくに戦略商品においては40%を超え、それが(紙中心の時代には不可能だった)利益率の持続的拡大につながっている。唯一後悔することがあるとすれば、気づくのが遅い分、アマゾンをさらに有利にしてしまったことだ。

ひるがえって、この5年間、日本の出版界は何を学んできたか。「再販制護持」という迷妄にとらわれ、カニバリズム論を前提とした電書虐待や、自炊ハラスメントのモグラ叩き、攘夷的打倒アマゾンという錯乱状況を克服できていないのではないか。 (鎌田、09/05/2013)

Scroll Up