アマゾンは文芸雑誌を復興できるか (♥)

Day_One2アマゾンは10月30日、週刊文芸誌 Day One を創刊した。Little A と同じく、3月に短編小説出版ブランドとして発表されたものだが、週刊のKindle独占販売という独自の形式でリリースされることになった。内容的には、詩や新人作家の作品、翻訳作品が含まれる。年間購読料は19.99ドルだが、期間限定で半額の9.99ドルで提供される。アマゾン初の雑誌が、メディアとしては衰退した文芸誌を復興させるかどうかに注目。[全文=会員]

書籍と雑誌の境界を越え、新人と翻訳にフォーカス

Day_One説明によれば、新人による1篇の短編小説と詩、編集長による解説、著者インタビュー、ボーナス・コンテンツが掲載される。表紙も新人が担当。創刊号は、Rebecca Adams Wright の小説とZack Strait(ともに米国人)の詩を掲載。

短編小説が長編より簡単であるわけはないが、出版ビジネスでは短編でデビューした作家が長いものに移行するのが常道だ。無名新人の短編はそのままでは「書籍」化しにくいので、文芸誌や総合誌がステップとなってきた。しかし、雑誌ビジネスの衰退、インターネットによるメディア環境の変化で、このステップが機能しにくくなったことは周知のとおりだ。デジタルは出版を容易にした反面、出版ビジネスを複雑なものとした。「活字」は本を意味せず、「出版」されただけでは商品を意味しない時代になったのだ。

アマゾンはKDPなどで短編を出しやすくしているが、Kindle Singles では逆に厳選されたものに絞っており、新人向けではない。結局、出版されたものを「作品」(=商品) として評価するしくみは、旧来のものが細々と存在しているだけだ。大出版社が新人の門を狭くし、大メディアの評価がセレブに偏り、市場を窮屈なものとしていることも周知のとおり。今回、アマゾンが Day One で狙っているのは、新人を(専属化して)デビューさせようというものだが、そのやり方は日本の出版社の伝統的な文芸誌とよく似ている。米国では書籍出版社は雑誌をやっていないから、文芸誌は出版界のプロやアマチュア向けのもので一般向けではない。アマゾンは、いわば日本的なメディアを、デジタルで始めたということができる。
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活字黄金時代のメディアの復活は可能か?

文芸誌は、19世紀初頭のヨーロッパとアメリカに登場し、出版市場の形成に大きな役割を果たした。ちょうど、近代市民社会の形成期にあって、印刷・製本の自動化が進み、書籍の生産力が飛躍的に高まったことに対応しているが、有閑読書人の外で生まれた新しい作家と読書層を結びつけて読書空間を再構築したものと考えることができる。何が「本」であり、どこにどんな価値があるかについて、議論し、実験し、新しいコンセンサスや流行をつくりだすためには「定期刊行物」が必要だった。それは20世紀初頭の日本でも同じで、出版社が文芸誌を使って築いた「文壇」が市場を形成している。しかし、いま文芸誌は、洋の東西を問わず苦境にあり、影響力の衰えは悲惨なほどだ。アマゾンは、この文芸誌という、商業的には忘れられたツールで何をやろうとしているのか。(下の写真は1953年創刊の米国の文芸誌 Paris Review の表紙)

The_Paris_Review_Issue_205ジェフ・ベゾス氏は、「過去の毀れたビジネスモデルを改修・再生するアイデアに熱中するタイプ」として知られている。事業の出発点である本(通販)がそうだし、新聞(ワシントン・ポスト)もそう。新しい何かを期待する世間は、すでに「終わった」ものと考えて顧みようとしないのだが、それが果たしてきた歴史的機能と巨大な遺産は、終わりのないもので、文明が継続性を持つ限り、新しい何かで代用されることは、まずあり得ない。そう考えると、毀れたものの再生というアプローチは、正統的かつ創造的なものと言うべきだろう。ただそれが、過去の遺産の上に「毀れたビジネスモデル」を墨守する人々はもちろん、新しい何かを期待するメディアからも評価されないのだ。彼自身は、そのことに注目されることを望んでいない。もちろん、「毀れたもの」を確実に手にするためである。(鎌田、11/01/2013)

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