昨年はランダムハウスとペンギンの合併が実現したが、これまでは「アマゾンとの交渉力を持つため」ということで片づけられてきた。しかし、相手が小売店ではなく読者であり、その目的が他の出版社に対して優越的な地位を築くためであるとしたらどうだろう。じつはすでに新しいゲームのスタートは切られているのだ。信じられないかも知れないが、出版社同士のカニバリズムだ。[全文=♥会員]
3. 出版は淘汰と“垂直統合”の時代
ジャンル別に“ホーム&アウェイ”でマーケティング
DBWは「規模の追求」という伝統的な性格を持っていたランダム+ペンギンの合併以外に、ハーパーがトーマス・ネルソン(宗教書)を、アシェットがハイぺリオン(成年向け部門)を買収したことに注目し、こうした分野別の優位を目ざすことを、ビッグ・ファイブ間の死闘が本格化した象徴して評価している。よい指摘だ。とはいえ、ランダムは数年前からデジタル・インフラの構築を進めてきており、ランダムと親会社のベルテルスマンは“カルテルごっこ”などでアマゾンに対抗できるとは毛頭考えていなかったに違いない。だからこそ価格をめぐる談合から超然としていたのだ。
これが意味することは非常に重たい。もはや出版社が同じようなスタイルで同じように行動し、クラブハウスでの優雅な会話を楽しみながら、新刊書の発行日を調整するような時代は終わったのだ。E-Book価格裁判とともに、伝統的な出版業界のスタイルは通用しなくなった。大手出版社の間に市場競争が始まった。自主出版の脅威はそれ以上かもしれない。ともかく、アマゾンとの対決の以前に出版社間の対決がより重要になった。消費者(読者)を意識するようになったからだ。よいものをつくり、書店に流せば、後は次のことに集中するといった「古き良き時代」は帰ってこない。膨大な無駄はあったが別の価値が生まれていた時代。(下のチャートは米国でのフィクション分類の一例)
新しいゲームのルール
著名なアナリストでDBWカンファレンスの企画委員長のマイク・シャツキン氏は「デジタル・マーケティングの急速な拡大によって、垂直型(=分野別)マーケティングの有効性が認識され、それによって出版社は効果的に市場での優位を発揮できている分野では垂直統合基盤を強化するとともに、それができない分野ではそれを控えるようにしている」と指摘し、DBWも、すでに少なからぬ有力出版社が垂直統合のメリットを実感しつつあると述べている。そして2014年は、この「垂直」分野の拡大を目ざす戦いが繰り広げられていくことになるのだろう。それに遅れた出版社は弱い立場に立たされ、困難に直面する。中堅出版社の Sourcebooks のドミニク・ラッカーCEOは、吸収・合併あるいは廃業などが活発に起こると予想している。
垂直統合とは、これまで主として生産・調達を中心にした基幹系のプロセスについて言われてきたが、マーケティングに関して言う時には、分野別の市場攻略を意味する。出版では、(消費者/読者/ユーザー)の囲い込みによって、企画からマーケティングを一貫させ、効果的に商品ラインを管理する、エンジニアリング手法を導入することを意味する。一品生産の代表だったソフトウェアの世界でもプロダクトライン・アプローチが浸透しているが、これもそんなものだ。日本で言えば、歴史の山川出版やSF・ミステリの早川書房、教育の学研などが、読者情報を個人のライフサイクルとコミュニティで管理し、アマゾン的なマーケティングを継続的に行う場合がそうなる。特定ジャンルをホーム・グラウンド化し、アウェイでの戦い方と区別するのである。
日本でこうした垂直統合の意識を最も強く持っているのは、もちろんKADOKAWAだ。これまで出版における主要プロセス(企画・生産・流通・販売)は4業界として独立に担われてきたので、垂直統合は忌み嫌われてきたと言っていい。しかし角川氏はすでに欧米的なゲームのルールに合わせるための布石を打っており、吸収や買収を伴う垂直統合戦略を用意していることは間違いない。マンガというグローバルな商品もあるので、垂直統合はグローバルに展開されるだろう。口では言わないが、すでに日本の出版界は「仁義なき」段階に入ったと考えたほうがよいと思う。
日本でも出版社ごとに得意分野はあるが、これは主に著者コミュニティや納品先などが業界を構成している場合に自然に成長してきたもので(語学系、医学系など)、個人読者を相手にしてはいないために、現代的な垂直統合には有効に対応しえてはいないし、これからの課題だろう。
メディアはなお、「紙かデジタルか」を問題とするだろう。しかし、問題はマーケティングがデジタルになり、プロセスがデジタルにコントロールされることなので、コンテンツの提供形態は「個客ごとに最適化される」ということでしかないのだ。垂直戦略は日本でも米国と同じくらいに有効だ。 ◆=つづく(鎌田、01/02/2014)