ソニーは北米市場のReaderストア事業から3月に撤退することを明らかにした。同社はE-Readerを製造販売した最初の企業の一つで、Kindleに先んじて2006年9月に事業をスタートさせたが、デバイスに関しては、昨年新製品の発売を断念することで撤退を表明していた。顧客の移管先はKobo。欧州と日本でも順次撤退していくと考えられている。シェアが少なく、継続する意味が乏しいからだ。
Readerストアのサービス(顧客とコンテンツへのアクセス)はKoboに移行し、ユーザーには実害を及ぼさない措置が取られる。ベンダー間のこうした大規模な「移管」は初めてのことで、海外では、ソニーが今後欧州や日本で行う事業閉鎖に伴う処理の先例になるものと考えられている。それどころか、DBWのグリーンフィールド編集長は、危うい状態にあるB&N Nookの「出口戦略」における移管先としても注目している。してみると、北米に弱いKoboが、シェア上位の2社の撤退を受け、労せずして一躍ナンバー・ツーの座を手に入れる可能性があるということだ。ここでは、ソニーの撤退の意味と楽天/Koboの可能性について考えてみたい。
ソニーには何が欠けていたか
本誌の創刊は2010年9月。母体となったE-Book 2.0 Forumを始めた2009年には、すでにアマゾンがトップだったが、ソニーはそれに続く存在と見られており、ウォークマンの再現への期待は高かった。筆者も外国人によく質問されたことがある。しかし、筆者はソニーがアマゾンに続く存在であり続ける可能性は低いと思われた。ソニーがデバイスを絶対的基盤と考える“天動説”に立っているのに対して、ビジネスモデルにおけるデバイス中心は、基本部品(この場合は表示パネル)の供給を背景とした圧倒的な生産力、デザインからサービスまでの一貫したユーザー体験の提供のどちらかが必要なのだが、ソニーはどちらも準備してはいなかったからである。
表示パネルはE-Inkの寡占状態で、アマゾンはそこから有利な契約を取り付けていた。残る可能性は iPadをつくることだったが、もちろんそれには“ジョブズ”が必要だった。いかにソニーがクールでも、部品供給の足腰がないと思うように動けない。メディアのUXを完成させるには、デザイナー兼アーキテクト兼プロデューサー(つまり創業者)が存分に力を発揮できる体制が必要だ。ウォークマンという偉大な成功体験について、ひとつ忘れられがちな事実がある。ウォークマンはコンテンツを持っていたからではなく、持っていなかったから成功したのだ。ウォークマンの成功体験を継承するには、徹底したオープン化(つまりDRMフリー)とグローバル展開が不可欠だった。ということで、残念ながら、筆者はソニーの失敗を予想したのだ。
ソニーはPCもテレビも捨てるようだが、このままではスマートフォンとゲームという現在の主力を放棄せざるを得なくなるのも時間の問題だろう。明確なビジョンとビジネスモデルがなく、過去の「クール・ソニー」神話にしがみつく姿に、人々はうんざりしている。なによりまずいのは、技術やブランドを中心に考える天動説をいまだに信じていることだ。顧客指向の“地動説”をもとに、正確・精密な軌道計算でマーケティングを繰り出すアマゾンに対して、重力に逆らいつつスーパーな創造物で対抗するには限度がある。(右の図はコペルニクスの描いた太陽系)
危ない“ナンバー・ツー”の生きる道
絶対王者がおり、しかも競争が激しい環境下の“ナンバー・ツー”という座は、非常に危ういものだ。観客(市場)からは期待が集まるのだが、下からも上からも圧迫される。2008年以降、E-Book市場のナンバー2の座は、ソニーからB&Nに交替し、そしてアップルに移ろうとしている。ソニーは中途半端 なコミットメントで存在感を薄め、B&Nは体力と不相応にエコシステムを拡張しようとして失敗し、アップルは大手出版社との協力を得るために大きな代償を払ったが、その体力とブランドで生き残ったという状態。とても攻勢を仕掛けてアマゾンを追い詰める状態とはほど遠い。楽天/Koboは期せずして“ナンバー・ツー”に近づいた。なんとなく居心地がよさそうと思ったら大間違い。チャンピオンとコンテンツテンダーに挟撃されるこの場所の危うさは上述したとおりだ。
楽天/Koboはまだ明確なビジョンや独自のビジネスモデルを提示していない。UXにおいてもエコシステムにおいても、マーケティングにおいても、いまいちだ。このままでは、ソニーの資産(かなりスカスカ)はもちろん、Nookの資産(ブランド・ロイヤリティが高い読書家)を継承できるとも思われない。ホームであるはずの日本でも苦戦している(あるいは本気を出していない?)状態なのだ。
仮にそのチャンスが転がり込んだとして、楽天/Koboが“ナンバー・ツー”として生き残るには、以下のようなことが必要であると思われる。
- アマゾンのコピーではなく、先手を取ること、
- エンゲージメントを高めるエコシステムを提案し、推進すること、
- タブレット/アプリに関してオープンなアプローチをとる。
- オープン・エコシステムにおけるリーダーシップ。具体的には、
(a) iBooksAuthorに匹敵するツールをオープンソース化する、
(b) ストーリーテリングの可能性を広げるソーシャルな創造空間を提唱する。
◆(鎌田、02/08/2014)