First Look Media (FLM=12月24日号記事参照)は2月10日、最初のメディアとなる"The Intercept" を、スノーデン事件報道で有名なグレン・グリーンウォルド氏を中心として立ち上げた。今後登場する“デジタル雑誌群”をリードする存在となるもの。独立した定期性出版物という以外、伝統的な雑誌をイメージするものはないが、中身はスノーデン文書をフォローする、ホットな調査型ジャーナリズムとなる。
FLMによる非ビジネス的メディアの実験
まずFLMについて、本誌記事からまとめておこう。FLMの最大の特徴は以下の3点。
- eBayの創業者、ピエール・オミディヤ氏が2,5億ドルを用意したジャーナリズム・メディア新事業
- メディアテクノロジー・ベンチャーとジャーナリズムの非営利事業という二本建てで運営
- 現代で最も注目され尊敬されるジャーナリストで憲法学者のグレン・グリーンウォルド氏が参加
つまり、メディアの部分は非営利事業に徹し、広告やペイウォールといったビジネスモデルを最初から外している。「良質なジャーナリズムにはお金がかかる」という既成メディアに対し、スポンサーや株主、限られた購読者のために発行するのは、ジャーナリズムの本来のあり方ではないとする立場だが、印刷・搬送手段を必要としない時代には、別の方法が可能であり、追求すべきだというのだ。ジャーナリズム/メディア自体からビジネス性を排除するのは革命的な発想といえる。これが成立し、機能した場合には、既存メディア=ビジネスに衝撃を与える存在となるかも知れない。
もちろん、これは数百人、数千人もの記者やスタッフが忙しく働き、「クラブ」に詰めたりするスタイルを想定していない。特定のテーマをフォローする少数の独立したジャーナリストが、個人で(あるいはチームで)活動する形を想定している。The Intercept(傍受という意味か)は、3人のジャーナリストの共同編集で制作される。形態は、当面はWebサイト。グリーンウォルド氏に加え、ドキュメンタリー映画製作者でもあるローラ・ポイトラス氏、戦場記者でベストセラー・ノンフィクション作家として有名なジェレミー・スケイヒル氏という顔ぶれは、在来のニュースメディアではなかなかお目にかかれない特別なものを期待させるに十分だ。
スタッフとしては他に9名のジャーナリストがいるが、いずれも安全保障、テロリズム、人権、米国政治、国際関係、メディア、政府による監視プログラム、情報セキュリティ、プライバシーなどを専門とし、国際的な一流ニュース・メディアに寄稿している。編集者によれば、「私たちが以前からその仕事を評価し、尊敬してきたジャーナリストたち。すなわち、限界を超え、危険を冒し、革新的で厳密なジャーナリズムを創造した実績に裏づけられた人々」である。ジャーナリスト以外にも、法務担当の弁護士やITアナリストがそれぞれおり、調査報道をサポートする体制をとっている。
The Interceptは、政府や企業など、社会に影響を及ぼす最も強力な権力を有する組織に説明責任を果たさせることを使命としている。具体的には、以下の趣旨が述べられている。
- 短期的ミッションとして、NSAスノーデン・ドキュメントを公開していくためのプラットフォームおよび編集体制を構築し、原文を公開するとともに、この公共性、緊急性の高い情報ソースから得られた内容を積極的に報じていく。これには様々な権力機関からの妨害や脅迫から報道の自由を守る意味もある。
- 長期的なミッションは、秘密主義、司法権力の濫用と公民権の侵害からメディアの行動、社会的不平等とあらゆる種類の金融、政治の腐敗におよぶ広汎な問題に関して、挑戦的で独立した、adversarialな (組織に対抗できる) ジャーナリズムを提供する。
記念すべき最初の記事は、無人機を使った米国の国境を越えた「暗殺プログラム」に光を当て、それが特定の標的ではなく、無辜の一般市民(成人男性)の殺害に結びつくものであることを、NSA文書の分析をもとに暴露したもの。さっそく多くのニュースメディアが報じるものとなった。
“パーソナル・フランチャイズ”の時代
「独立し、大組織と渡り合えるジャーナリズム」というのは、本来ならば同義反復でもあるはずだが、今日では言論の自由が保障された民主主義国でさえ絶滅危惧種になっているのは周知のとおり。そもそも巨大装置産業であるメディアそのものが大組織であり、政府や企業など他の大組織と相互依存関係に立つ度合いは、ますます深まっている(たとえばグリーンウォルド氏による本記事を参照)。Webやブログはジャーナリズム本来の力を発揮させる可能性を持っているが、それ自体が公共的言論空間を構成するものではない。やはり個人のプロフェッショナリズム(職業的能力・倫理)に依存する。そうした人はどんな社会でも希少だ。彼らの仕事は時に世界を震撼させるとしても、ふだんは(有名人のゴシップほどに)多くの耳目を惹きつけるものではないし、したがって商業的価値は一定しない。だから、コミュニティのサポートがなければ「職業としてのジャーナリズム」の持続性は保証されない。
FLMのアドバイザーでもあるニューヨーク大学のジェイ・ローゼン教授は、グリーンウォルド氏のような、カリスマ性のあるジャーナリストが中心となったブログメディアを personal franchise model (PFM)と呼んでいる。この場合のフランチャイズは、ビジネスモデルではなく「自由」ということだろう。たしかに、この数年、熟練したジャーナリストやアナリストなどによるWebサイトが活躍し、大手ニュースメディアの中で、あるいは独立して活動を始めている。いずれも「独立し、大組織と渡り合える」と目される人々に期待が集まっているわけだ。ローゼン教授によれば、PFMの起源は1950~70年代に活躍した伝説的ジャーナリスト、I.F.ストーン (1907-1989)の I. F. Stone's Weeklyニューズレターあたりに溯るという。
The Interceptは、オミディヤ氏という財政的支援もあり、錚々たるメンバーを集めることが出来た。各国政府からの妨害は陰に陽に続くと思われるが、PFMの銀河の中心的存在として活躍してほしい。◆(鎌田、02/13/2014)