出版はデジタルの勝者である!?

transition_point2現象的には書店の閉店が目立ち、作家の生活が苦しくなり、若者の本離れが伝えられるなど、ブックフェアを迎えたロンドン出版界の空気は、必ずしも明るくない。しかし、出版は苦闘する他メディアを尻目にデジタル時代への転換に成功し、かつてないほどよい状況にある、と「絶好調」宣言をする人物が現れた。英国ペンギン・ランダムハウス (PRH)のウェルドンCEOである。

出版は音楽や新聞・雑誌とは違った道を歩む

Tom Weldon英国PRHのトム・ウェルドンCEO(写真左)は、ガーディアン紙日曜版 (by Jennifer Rankin, The Observer, 4/6)に最近掲載されたインタビューで、出版業が未曽有の困難に見舞われているとのコメントをよく耳にするが、その意見はまったく間違っており、理解できない、とまで述べ、聞き手を驚かせた。少なくとも出版社、あるいは彼の会社はかつてないほど良好だというのだ。日本でこんなことを言う経営者はいないし、巨大出版社が揃う米国でさえ、B&Nなど苦境にある書店を憚ってか、投資家の前でしか業績を誇らない。ブックフェアでは「アマゾンの脅威」に唱和するのがふつうだ。だから、これまで内心を隠して“負け組”に配慮していた巨大出版社の経営者が本音を公言したとすれば、それは大きな変化が始まった(表面化した)ことを意味する。ではどんな変化なのか。

英米の「出版」と「(大)出版社」に関する限り、ウェルドン氏の発言は事実だ。出版は日本のように衰退しているわけではないし、(大)出版社は売上げも利益もかつてないほど好調だ。E-Bookが売上の30%に達するほどの変化に見舞われながらのことだから、これは上出来というしかない。他方で、暗いニュースも多い。通りのランドマークとなってきた本屋が消えたら、本が消えたような気になる。それを報じる新聞・雑誌は、広告が減って「最悪」を更新しているから、フィルターがかかった現実しか見えないのかもしれない。われわれは現実を見るべきだ。出版の世界では両極化が進んでいる。そして伝統的な出版業界は解体を始めている。しかし、重要なことは勝利を収めているのがアマゾンと新興のデジタル・サービス企業だけではないということだ。じっさい大手出版社は「うまくやっている」。

彼らは懸念されたデジタル時代への移行を現に切り抜けることができた。ウェルドン氏は言う。「書籍出版は、デジタル転換をメディアやエンターテイメント分野の他のどの業界よりもうまくやりました。本について文化的な萎縮というようなことが聞かれるのは理解できません。書籍ビジネスは他のメディアで起こったことを無視したり、軽視したり、目を背けたりすることなく、いくつかの点でそこから学び、実際に生かすことができたと言えるのは気分がいい。」

デジタル転換の成功への自信は、昨秋のフランクフルト・ブックフェアでのPRHのドーレ会長の発言にも聞くことができたのだが、上記の発言はさらに具体的で直截だ。たしかにペンギンとランダムハウスに関してはその通りで、本の危機など陳腐な常套句に過ぎないと言ってのけるだけのことはある。過去4年間、史上最も健全な財務状態を続けているという同社は、『フィフティ・シェイズ』で潤った2012年だけでなく、昨年も好調な決算を継続させたが、売上と利益率の両面でデジタルが大きく貢献している。これはビッグ・ファイブに共通する。

ウェルドン氏は「空前の業績」にもかかわらず、安閑としてはいない。デジタル・インフラはほぼ出来ているとみられるが、巨大メディア・グループ、ベルテルスマンの中核としてアマゾンと競っているPRHには次のステージが見えている。それはインフラの問題である流通やフォーマットよりは、マーケティングの範疇に入る。消費者/読者に、どうやっったら出版した本を知ってもらい、効果的に勧めることが出来るのかということだ。ITは答ではなく、道具に過ぎない。書店であると出版社であるとを問わず、その答に最も接近した者が主導権を握る。

消費者/読者との関係がすべて

出版社はこれまでそのことに無関心でいたわけではないが、消費者/読者にアクセスする手段は限られており、書店に任せるしかない状況に狎れきっていた。インターネットによって状況は変わっていたのだが、出版社は長年の習慣で無頓着なままだった。出版社が消費者/読者に無関心である限り、アマゾンの成功は約束されたようなものだったのだ。しかし、さすがにグローバルな出版グループの経営者たちは2010年前後にはデジタルへの移行の意味を理解していたようだ。ウェルドン氏は、最も遅れていると思われていた書籍出版が、他のメディア業界の轍を踏まなかったことを愉快そうに語っているように見える。マスメディアの万能を信じた音楽業界がどうなったかはよく例に出される。彼らの失敗は音楽をインターネットに載せたことではなく、消費者/ファンにアクセスすることを考えなかったことだろう。たぶん、フォローされる存在である大スターたちと仕事をしているうちに、それを当たり前のことと考えたためだろう。出版関係者はそんなに軽薄でもなかったし、出版はそんなにフォローされる存在でもなかった。

access流通やフォーマットなどは事の本質ではなく、著者と読者との関係、出版社の立ち位置の変化にどう対応するか。このことを認識し、対応できた出版社はデジタル転換を成功裏に行い、デジタル中心の新しいラウンドでアマゾンに出し抜かれない知恵を身につけた。出版を考えるマスコミの状況は、日本も欧米もあまり違いはない。賢明な経営者たちは悲観論にもパニックにも陥ることなく、雑音に惑わされずに考え抜いた結果、ごく平凡な真実にたどりついたのである。出版の歴史において、これはかなり偉大なことだろうと思う。

翻って日本はどうか。業界は悲観論とパニックのオンパレードだ。絶望のあまり「緊デジ」のような外道に走って醜態をさらす人もいる。多くの「善意」が少数の「悪意」に翻弄される姿を見るのは悲しく、腹立たしい。しかし、出版はなくならない。流通やフォーマットはどうあれ、本にはこれまでになかったような未来がある。消費者/読者の支持がなければ、「出版権」など何の役にも立たない。(04/10/2014)

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