[エディトリアル, Vol.4 No.36, 2014/5/22号]
メールとWebがコミュニケーション手段として一般に意識されてから20年、Webが動的、対話的でソーシャルなメディアであることが知られて10年近くになろうとしている。それが21世紀のイノベーションの源泉であることも周知の事実だが、それによって起きた変化のスピードは、国によってかなり異なる。コミュニケーションは社会関係と一体化されているので、メディアの変化をすぐに受け容れる状態にある社会とそうでない社会で大差が出てしまうのだ。
出版は世界を変えることが出来る
19世紀後半に日本が工業化を進んで受け容れ、大陸アジア・中東世界がそうしなかったのはそうした「状態」の違いによる。しかし、熱狂や絶望に駆られない限り、人々は安定の中に価値を見出すものだ。ITのベースがハードウェア、ソフトウェアから、サービス(広義のコミュニケーション)をカバーするものへと進化した段階で、日本社会はそれを受け容れるのを躊躇するようになった。「日本の技術」が凋落していった過程と一致する。社会の状態はコミュニケーションによって変えるしかないが、その手段は目の前にある。出版がデジタルによって本来の力を発揮すべき時だと考えている。福沢諭吉は「個人の独立」を最重視し、そのために「学問」を勧めた。洋紙と活版印刷技術による出版は、新しい知識への渇望によって普及した。
筆者は「個人の独立」を出版において最も大切にすべき価値と考えている。デジタルによって欧米で急成長している自主出版は、それを体現するものだ。著者の経済的自立が、独立を保証するからだ。作家のヒュー・ハウィ氏による Author Earnings イニシアティブが2回目のレポートを公表したが、売上数上位85,000点をカバーする、堂々たるものとなった(「AE著者実収レポート5月版」)。これによって著者から見た、チャネル別の販売部数と実収金額の関係が可視化されているのだが、企業にとってシェアと売上が経営判断の基本であるように、著者は、販売部数と売上/実収金額を知ることで出版主体として対等の立場に立てる。独自にマーケティング(市場と対話)をし、出版の内容を判断するということだ。
自立を目指す作家たち
自立傾向を強める著者とどういう関係を持つかは、出版ビジネスのあらゆるステークホルダーにとって大きな課題となっているが、最も簡単な答は、読者を斡旋することだろう。出版社もオンラインストアも激烈な競争に入っている。
マクミラン傘下のセントマーチン出版は、自社刊行本の販促に会員制報奨プログラム READを立上げた。アマゾンのアフィリエイトのようなサービスを Swagbucks というプラットフォームを使って行うが、UI/UXはかなりきめ細かくデザインされている(「マクミランがアフィリエイト制導入」♥)。しかし、長期的に読者のエンゲージメント向上に定着させるには仕掛けよりは運用上のアイデアが重要となるだろう。
アフィリエイトでははるか先行していたアマゾンも安閑としてはいない。買収して間もない傘下のソーシャルリーディング・サイト Goodreadsで “Ask the Author”(著者に聞く)というサービスの提供を始めた(「Goodreadsが著者=読者ホットライン」♥)。10万人の著者と2,500万人の会員とのコミュニケーションを媒介するという機能は、強力だがリスクも伴う。ここでもUI/UXが最大限に配慮されている。立上げにダン・ブラウンなど、世界的人気作家を並べたところは壮観だが、このインタフェースをいちばん必要とするのは、自立を目指す作家たちだろう。
欧米のE-Book出版では、EPUB3への移行が本格化している。それが意味するところは、第1に固定レイアウト、第2に雑誌を含めた動的E-Book、第3に多言語拡張だ。ドイツで生まれたオンラインストア txtr もこれらが新しい市場を拓くと考えている(「txtr がEPUB3リーダiOS版をリリース」)。SDKを共有することで、グローバルな連携も可能になるだろう。
EPUB3は、E-Bookが電子書籍(版面の複製)から21世紀的な対話型メディアへと進化する起点となるものだ。しかし「著者と読者との関係」において価値を創造・提供するのが出版の役割とすれば、21世紀の出版技術は、制作よりはマーケティングに比重を置いたものとなるだろう。コミュニケーションのデザインがUIのデザインに先行するということだ。そこで本誌も、ブック・マーケティングについての不定期連載を始めた(「著者は読者との関係をつくれるか」)。本誌でお伝えするニュース/トレンドの底流を理解する上でお役立ていただければ幸い。◆
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