本誌記事で取り上げたばかりのNext Big Book(以下NBB)が、BEA2014の第1回 Startup Challengeで第1位を獲得した。17社を対象に最も革新的なスタートアップ企業を選ぶもので、出版にデータ・マーケティングを導入する先進性が評価され、賞金は1万ドル。おそらくはすぐに「常識」となり、日本にも影響を与えそうなこのトレンドについて考えてみたい。
野球→音楽→出版?
受賞自体はごく順当なものだが、NBBを開発したNext Big Soundについては、5月27日付の Forbes が取り上げている (By Zack O'Malley Greenburg)。同誌は1年ほど前にも音楽業界でのデータ・マーケティング導入の動きをプロ野球のセイバーメトリクス (SABRmetrics)と比較して説得力のある記事を書いていた。マイケル・ルイス著のベストセラー『マネーボール』(2003年)で一躍有名になったこの手法は、原題が「不公平なゲームに勝つ技術」であるように、貧乏な下位チームが「得点期待値」を高める要素を(根拠のない「常識」を廃しつつ)客観的に定義し、これらの要素を生かすことで勝率を高めていったことを実証的に説いている。
野球とメディア・ビジネスも共通しているところは、「確率」ということだろう。個々のプロジェクトについても、年間のマネジメントについても言えるのだが、当事者たちが確率論をゲームに持ち込むことに反撥するところまで共通している。バントは「得点期待値」を下げ、勝利に貢献しない、と言われて嫌な思いをする人、「先発完投」の価値を否定されて激怒する人、データが怖いのは、人間の評価に関わるからだ。データを共有するのはいいが、その扱いについては慎重にしなければならない。
出版も確率は無視できない。ビジネスである限り
“データ野球”が嫌われながらも定着するまで、ひと世代はかかったが、Web2.0時代の音楽業界のデータ・マーケティングはかなり速い。導入はかなり古く、すでに様々なダッシュボードが導入されている。しかし、ディスクからダウンロード中心へ、さらにストリーミングへと移行するなかで、Web解析も必然的に以前のそれとは性格を変えたことは想像に難くない。そして新しいプロフェッショナルが生まれているようで、Forbesの記事によれば、5年前にソニーでNBSのシステムを導入した幹部は、その後マクミラン社に移り、NBBの立上げに貢献したという。
音楽と書籍とでは、もちろんフォローすべきデータも異なるが、要は「得点期待値」を高める要素とその活用法をルール化し、日常のオペレーションに結びつけることだ。こうしたシステムで最も厄介なのは、システム自体よりは、ビジネスプロセスや判断基準の変更のほうだ。マクミラン社がNBBを評価したのは、もちろんパイロット・プロジェクトによって確実に投資対効果を高めることが確認されたからだが、普及のスピードは業界各社の導入競争にかかっていると言えるだろう。米国の大手出版社がマクミランをすぐにキャッチアップすることは間違いない。投資家が(あるいは債権者が)それを促すからだ。◆(鎌田、06/03/2014)