フランスの「反アマゾン法」、つまり6月28日に議会で採択され、7月8日からの施行を待っている「オンライン小売業者による書籍の無料配送を禁止」する法律に関して、アマゾンは7月11日、配送を“有償化”し、注文1件毎に1サンチーム(€0.01))を徴収すると発表した。小規模書店の保護を目的とした新法は、早くも実効性を問われることになった。
無料配送禁止。なら1セントで
「反アマゾン法」は、書籍の割引販売を最大5%に規制する現行法(1981)の改訂として導入されたもので、日本の新聞などでも取り上げられていたものだが、本誌では法律としての内容(目的と手段の整合性、一般性といった要件の不備等)のあまりの杜撰さから静観していた。5%割引は実店舗での引き渡しにのみ許可。実店舗を有しているFnacには無料配送を認めるが、無店舗(のアマゾン)には認めないなど、露骨な内容な上に、迂回が可能だったので、ニュースには値しないと考えたのだ。果たせるかな、アマゾンがとった対応は、「法律で許容された最低金額での配送」だった。
フランスの印刷本販売におけるネット通販のシェアは17%。うち70%がアマゾンと見られている。新法によって5%割引と無料配送が認められる Fnacだけが有利になるので、小規模書店を保護するということも名目に過ぎないことは明らかだ。仮に定価2,000円の本なら、他社は1,900円で販売できる。しかしアマゾンが1.3円で配送するなら割高感は小さく、アマゾンは利益率を高められる。アマゾンがサービスを向上させる方法は価格だけではないから、シェアの拡大は止まらないだろう。法律によって可能なのは、フランスの出版産業の発展を「流通システム」の枠内に留めることだが、インターネット時代において、それは市場を海外に流出させることを意味する。
フランス人の精神には合理的なシステム思考と情緒的なまでの理想主義という相反する側面があるが、与野党が一致してこれほど無意味な法律を導入したことは歴史的なイベントとして後世に記録されよう。少なからぬ人が、それを知りつつ加担しているはずだ。日本でも「アマゾン消費税」が既定事実のように伝えられているが、それが形ばかりの「努力」に過ぎないことをどれだけの人が知っているだろうか。それはともかく、多くの人を無意味な行動に駆り立てる理由について考えてみよう。そこには社会を統合してきた原理の危機があり、見えない敵への恐怖、そして現実否定がある。
アマゾンの「独占」は融通無碍ななビジネスモデルに由来
一つは、フランス人がたいへんな本好きであり、本を一般の商品とは区別する傾向があること。ほとんど愛慕、敬仰すべき存在として考えられており、「書を捨てよ」などはあり得ない。逆に言えば、それだけ「本」に中身(≒知)を求めるということでもある。逆説的だが、「本」は彼らの情緒を刺激する。フランスは全土に3,500も書店があることを誇っているが、減少が続く日本でも1万以上あることに比べて「笑止」とする見方もあろうかと思う。しかしフランス人(やドイツ人)の考える「本」は、日本人が考えるそれとはだいぶ違うことに注意しなければならない。彼らは「日本には書店が多いのに、電車ではマンガを読む人しかいない」と呆れている。
二つ目は、彼らにはアマゾンという「特殊」な存在がまだ見えて(あるいは見ようとして)いない。アマゾンの強さはオンライン、値引率、無料配送、節税…と無数にあるが、どれ一つとして決定的なものではない。だから、法律で何かを縛ろうとしても、それは法体系にあえて欠陥をつくるだけで、アマゾンには打撃を与えることが出来ない。もしそれだけを考えれば、必ず(それ以上に)消費者と市場に打撃を与えることになる。その強さが、シンプルなビジネスモデルがもたらす流動性であり、システム工学的な最適化能力にあるからだ。それは理論上、誰に対しても開かれている。それを否定することは競争(による格差)を否定することになってしまう。
三つ目は、反アマゾン勢力の主張することは、結局「ただの小売業者に過ぎない」アマゾンが市場を支配することは許せない、ということなのだが、にもかかわらずなぜ「独占」が可能なのか、そこにどんな不公正があるのかについて説明していない。アマゾンは供給を独占した上で、市場での優越的地位によって安定した利益を追求するという古典的企業ではない。その優位は需要を集約する能力によって生まれるが、そこに不正はない。オンラインストアは誰でも出来るが、販売することはそうではない。
デジタル以前の巨大出版社は(メディア・グループの下で)、中小出版社を買収することで規模拡大を図り、流通における力を強めてきた。イノベーションや創造性とはほど遠いスタイルで、出版を限りなく退屈な世界としてきたと筆者は考えている。この20年ほどで出版の質もかなり低下していると評価する人は少なくない。他方でアマゾンは、出版市場を成長市場に変え、ネットに流れかけてきた消費者を出版に引き戻した。そして著者に希望を与え、デジタルに消極的だった出版社を儲けさせてもいる。
アマゾンを止める方法は一つしかないと思う。それは中国のように、インターネット・ビジネスとしての出版を規制することだ。愛する(紙の)本のために!? ◆(鎌田、07/15/2014)