「イノベーション」に反対するという人はまずいない。進歩に反対すると思われたくないから。そして主流派は、それが新技術の発明であると信じる。社会の仕組みに影響を与えてほしくないから。しかし、イノベーションはまさに新しい形の資源の結合が本来の意味であり、技術であるとは限らないし、新しい必要もない。現実のイノベーションが悲劇を生むのはそのためだ。
虎の背に乗った出版イノベーション
シュンペーター的な意味でいえば、あるいは客観的には、アマゾンこそこの半世紀で最も大きなイノベーションを実現してきた企業だが、それは上述した意味で忌避され、この言葉のイメージを守るためにアップルとスティーブ・ジョブズが相応しいとされる。しかし、現実を認めるべきだ。アマゾンの Fire Phone は、アナリストやメディアから成熟市場と認められたスマートフォンに堂々と仕掛けてきた。ユーザーが写す被写体を、そのままアマゾンの「購入」ボタンに変える恐るべき技術はスマートフォンを再定義するほどのイノベーションであり、同時にビジネスの仕組みを変えることで様々な方面に深刻な影響を与えるだろう(「Fire Phoneは“超スマートフォン”を目ざした」)。
アマゾンのイノベーションは止まらない。それぞれが一つのグランドデザインの中で精密に計算され、結果をフィードバックしつつ進められているから。Fire PhoneはもちろんKindle/Fireエコシステムの一部をなすが、そのアプリのためのプラットフォームは、開発者支援の環境を含む巨大なものだ(「商圏を拡大するFireプラットフォーム」)。Fire Phoneのタッチレス・インタフェースは、モバイルゲームに新しい可能性を持ち込むが、開発環境は同時に考えられている。個々の天才に頼らずにイノベーションをシステム化していると言える。
出版社はアマゾンに抗しきれず、この虎の背に乗ってイノベーションの第一段階を乗り越えた。2008-12年の5年間の変化については本誌が何度も取り上げてきたが、世界の巨大出版グループにフォーカスしたデータは、これまでのデジタル革命で誰がうまくやったのかを非常にわかりやすく示している(「最後に笑う者:デジタル革命とビッグファイブ」*会員向け)。ビッグファイブの成果は望外なものであり、アップルと組んだ価格カルテルで課された罰金など、それに比べたら軽いものだったほどだ。利益率は向上し、デジタル出版というものの仕掛けはよく分かった。なんといっても危ない時期に河を渡れたのが大きい。あとは恩を売ったアマゾンからの請求をうまくかわせれば、デジタル転換は大成功ということになるのだが。うまくいくだろうか。◆ (06/19/2014)