アマゾン vs. アシェット紛争は、作家や読書人を巻き込んでなお外野席に拡大し、新しいエピソードを生み出している。いちいち取り上げるのもどうかと思うが、目を離すと事態が読めなくなる可能性もあるので、8月の話題となったオーウェルとペーパーバック」論争について紹介しておきたい。できれば関連リンクにも目を通していただければ幸い。
アマゾンのオーウェル引用は妥当か冒涜か
直接の発端はアマゾンが読者宛の経過説明で、ジョージ・オーウェルが1935年のペンギンブックスの発売に際し、出版界が一致してこれを排撃すべきことを主張したエピソードを、引用とともに紹介したことである。当時の代表的知識人が、画期的な低価格で登場したペーパーバックに対して否定的な態度をとったことを取り上げたのは、E-Bookもまた新しいフォーマットで、それに対して版権で生活の糧を得る人々がイノベーションの意味を読み間違えて混乱した対応を取る不思議ではない、という趣旨だったと思われる。アシェットは作家を前面に出してアマゾンに対抗しているので「作家・知識人も間違うことがある」と婉曲に述べたものだ。
しかしこれに対し、出版関係者やオーウェル財団関係者から「オーウェルはそんなことを言っていない」とか「アマゾンはオーウェルの言葉を曲げ、我田引水的に引用している」「真理省のダブルスピークだ」(いずれも『1984』に発した作家の造語)といった異議が出され、それらを出版社の味方であるNYタイムズ(08/10)のデイヴィッド・ストライトフェルド記者が集約した。それに対して、アマゾンの引用は妥当であり、オーウェルが当時のペーパーバックに反対していなかったと読むことは不可能であるという反論も続々と出されている。
ペンギンのペーパーバックスは英国出版業界を揺るがす大きな事件で、これで潰れた有力出版社もある。書評として書かれたオーウェルの原文は、英国的な毒のあるユーモアを含み、明快かつ難解だ。「ペンギンブックスはたったの6ペンスで素晴らしい値打ちがある。」「でも人々は高価な本を2冊買う代りに安い本を何冊か買い、お釣りで映画を観るだろう」「商売を考えるなら、業界にはよくないこと」「他の出版社は結束してつぶすべきだろうね」…といった流れなのだから、もともと複数の解釈が可能になっている。少なくとも、オーウェルが本気でPBに反対をしているとも思えない。
“政治”に熱狂する反アマゾン派
ペンギンブックスの廉価本3点を称賛しつつ、「これじゃほかの出版社はやってらんないね」と言うのをアマゾンのようにストレートに解釈するのは別に間違ってはいない。オーウェルはペーパーバックに関して間違った見通しを語った。当時はそれが常識だったからだ。それはE-Book系の多くのブロガーが指摘する通りだ。
オーウェルが出版ビジネスの将来に関する先見性を持たなかったことは彼の価値には何の影響もない。だから、ストライトフェルド氏や作家のローラ・ミラー氏のように、原文を解体して「オーウェルは安いペンギンを称賛している」と言うのは見当違いだし、オーウェル財団の関係者がオーウェルを擁護しようとするあまり、アマゾンを「ビッグ・ブラザー」呼ばわりするのは論外だ。ただ「オーウェルならば」ということで、アマゾン攻撃にちゃっかり便乗するアップルの姿勢は悪くない(iBookstoreのトップ)。結局これは商売の世界の問題なのだ。
今回の紛争=論争におけるアマゾンが公にした問題提起は、以下の3点。
- E-Bookの価格は高すぎる(新刊ベストセラーは$9.99以下とすべき)。
- 高すぎれば出版のパイが小さくなり、誰の得にもならない。
- E-Bookに関する著者印税は低すぎる(アマゾンは売上の35%が妥当と主張)。
以上に対するアシェットからの回答はない。アマゾンはより大きな利益を求め、出版社に圧力をかけていると繰り返しているだけだ。相変わらず説得力のない「強欲なアマゾン」キャンペーン。そしてアシェットを支持する人々も、アマゾンの提起を素通りしようとしている。オーウェルでアマゾンを攻撃しようとするのは意外と簡単ではない。◆(鎌田、08/28/2014)
参考記事
- A Message from the Amazon Books Team
- In a Fight With Authors, Amazon Cites Orwell, but Not Quite Correctly, By David Streitfeld, New York Times, 08/10/2014
- In ebook battle, Amazon is right about Orwell – and a few other things, By Aaron Pressman, Yahoo Finance, 08/11/2014
- Plot Thickens as 900 Writers Battle Amazon, By David Streitfeld, New York Times, 08/07/2014
- Is Apple Needling Amazon on George Orwell’s Page in the iBooks Store?, Digital Book World, 08/21/2014
- In dismissing Amazon’s Orwell quotation, Laura Miller misinterprets Orwell herself, By Chris Meadows, TeleRead, 08/26/2014
- Amazon’s awful war of words: How an iron-fisted PR strategy went off the rails, By Laura Miller, Salon, 08/21/2014
- Apple Pokes at Amazon over Misquoting Orwell, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 08/21/2014
- Review of Penguin Books, An essay by George Orwell, Published in New English Weekly, 5 March 1936.