アマゾンがアシェット社との交渉に臨む立場を明らかにした7月29日のリリースは、とりわけ著者の「合理性と感情の両方に訴える」効果的なもので、アマゾンの邪悪性を非難し続けてきた向きも一瞬沈黙させるほどの効果を持ったと評価されている(先週号記事参照)。とりわけ効果的だったのが「$9.99の本は$14.99の本の1.74倍売れる」というデータだった。
“9.99ドル問題”の悪夢
アマゾンは「問題は価格だ」として、$9.99というマジックナンバーを再びクローズアップした。これは特別な数字だ。E-Bookの価格戦争のそもそもの発端は「新刊ベストセラー:$9.99」というアマゾンの値付けに対する大手出版社の危機感であった。司法の決定により、小売価格の決定権はアマゾンが回復したものの、出版社側は卸価格を高めに設定することで、$9.99を回避することが出来ている。つまり、「$9.99問題」はまだ終わっていなかったのである。
米国の消費者には「話題の新刊書」の価格は10ドルというイメージがある。Barnes & Nobleのような大規模店が、半世紀ほど前に大手出版社の抵抗に法廷で勝って確立したものだ。大規模店はベストセラー本を販促の目玉にして他の本を売るというマーケティングが可能で、独立系書店を圧迫したものの市場拡大に有効だった。アマゾンがE-Bookを10ドル以下にしたいのは、市場の拡大が期待でき、消費者に約束してきた、「紙より安く」という原則に忠実であることを示したいからだ。この会社は、出版社が嫌がっても、消費者に支持されることで成長してきた。
リアルの量販店は、新刊特売を来店客勧誘のためのキャンペーン・コストと考えており、それによるキックバック(co-op)を出版社から得てもいる。しかし、オンライン書店の場合、利益ゼロ以下で販売することは販促コストと言うより損失になる可能性が強い。それはアマゾンも同じで、赤字販売はしない。大手出版社のE-Bookはいまだに10ドル台後半が少なくない。今回アマゾンは初めて具体的な数字を出し、安くすれば売上が大きくなり、誰もが得をすると主張した。自他ともに許すビッグデータの王者が、操作ではなく経験的事実を示したとすれば(そうでないと考える理由は乏しいが)、誰もが無視しえないだろう。10ドルにすれば15ドルの場合の1.74倍、売上のパイが大きくなる、とアマゾンは主張した。AERのレポートは、それ以上の倍率を示しており、アマゾンの数字はごく控えめなものと考えたほうがよい。
出版は開放系か閉鎖系か
10ドルという数字の意味については、別記事に書いたので、そちらをお読みいただきたいが、印刷本の問題が深く絡んでいると考えられる。直接的には、(1)印刷本の流通にネガティブな影響、(2)E-Bookの売上比率へのポジティブな影響、そして(3)アマゾンのシェアの急拡大懸念、ということだ。アマゾンのシェアは流通に止まらない。自主出版とアマゾン出版(著者との直取引)を土台としたアマゾンの独自エコシステムの拡大を意味するからだ。アシェットが徹底抗戦したおかげで、現在(過渡期)の市場の構造問題がかなり鮮明に見えてきた。流通問題はすなわちビジネスモデルの問題(出版社とは何か)であるということだ。
$9.99問題の背後にあるのは、市場を開放系として見るアマゾンと、閉鎖系として見る大出版社の対立であるということが出来る。開放系では、コンテンツの需要には制限はなく、また書籍以外の市場ともつながっている、と考え、閉鎖系では、需要には限界があり、書籍は他のメディア、商品とは隔絶されていると考える。インターネット空間では前者が正しく、物理的世界では後者が正しいだろう。そして、アマゾンは2つの世界の関係を、ロジスティクスを通して完璧に把握している。
アシェットの「いじめリーク」で始まった今回の紛争は、アマゾンによる「データ暴露」と「楔」(著者の印税率は小売価格の35%が適正」)で局面が転換した。もともとアマゾンを「独占」で批判するのは無理がある。著者にとって35%は夢のような数字で、これで著者を「買収」する形にも見える。アマゾンの行くところ「アンチ」と「熱烈歓迎」が交錯するが、このクールな超大企業には感情はない。こちらが感情を持って接するとロクなことはないのだ。◆(鎌田、08/04/2014)
参考記事
- Amazon says it would be content with 30% of revenue if Hachette e-books were $9.99, By Chris Meadows, TeleRead, 07/29/2014
- Amazon’s PR piece was an excellent appeal to both emotion and reason, By Juli Monroe, TeleRead, 07/31/2014
- Think Amazon is Your Friend? You Might Have Amazon Infatuation Syndrome, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 07/30/2014
- Author Earnings Report Confirms What We Had Long Suspected: $10 eBooks do Earn More than $15 eBooks, By Nate Hoffelder, The Digital Reader, 07/31/2014
- Update re: Amazon/Hachette Business Interruption, The Passive Voice, 07/29/2014
- Amazon’s Latest Volley, By John Scalzi, Whatever Lost in Pacific Time, 07/30, 2014