タブレットはどこへ行くか:iPadとKindle Fire (♥)

FireTablet_Family1-1024x512マゾンは9月19日、Kindle Fireファミリーのの新製品を、新世代OSとともにリリースした。6/7型のKids Editionから、8.9型のHDXまでのラインアップは、タブレット市場の多様化、分化を意識し、技術的にも別の進化を示している。シェアは低いが、デバイス市場の停滞の影響を受けないアマゾンのアプローチは、最近のiPadとは対照的なものだ。[全文=会員、期間限定公開 10/9まで]

タブレットはメディアかガジェットか

TimCookタブレット出荷データによれば、Kindle Fireは秋冬物の季節商品のようなもので、1年の大半は上位5社のランクからも消えている。アップルのティム・クックCEOも最近のインタビューで、ほとんど問題にしていない。「アマゾンはタブレットもいくらか売っていますが、製品の会社ではありません。アップルは製品企業です。彼らがこの先メーカーとして大きくなるかは疑問ですね。ジェフに計画があるかどうか聞いてみて下さい。でも私が競合として意識するのは、なんといってもGoogleです。」(Tim Cook Interview, at Charlie Rose Show)

消費者製品企業のクックCEOからみて、アマゾンは視界に入っていないが、この会社はデバイスのシェアを最初から問題にしていない。タブレットはメディア商品/サービスを販売するための(重要な)歯車の一つであり、消費を最大化することでビジネスモデルに貢献すればよい。そして、コマース系のデータで見るKindle Fireのパフォーマンスは悪くないのだ。アマゾンは消費者製品企業ではないのかも知れないが、メディアデバイスにおいて、製品とサービスが不可分なであることを考慮すれば、むしろこちらの方が高度に進化した製品企業であると考えるべきだ。ガジェットとしてのスマートフォン、タブレットの市場はすでに飽和点を超えた。アマゾンのモバイル製品は、少ないがエコシステムの中で確実に機能している。

iDevices本号で第4世代Kindle Fireについての記事で書いたが、アマゾンは特に「ファミリー」を意識している。いかにも、と思われるが、この市場を主要なターゲットと考えたのはジョブズが先だった。ガジェットとしての成功の陰に隠れてしまっているが、彼の最後の作品となるiPadが、本来ガジェットと一線を画し、ファミリーと学生を主要なターゲットとしたことは、思い出されてよい。晩年に家庭人となったジョブズは、家庭と子供を人生の最大の価値として意識するようになっていた。「小さいiPhoneと大きなiPad」を厳格に区別すべきことを彼が主張したのは、そのためもあると筆者は推測している。

幸か不幸か、iPadの異常なまでの成功と彼の死によって、ファミリーメディア路線はアップルにおいては傍流となり、ベゾスによって継承されることになったのは皮肉というしかない。iOS8で導入された「ファミリー共有」は重要な機能だが、マーケティングとの結びつきが弱い印象だ。ベゾスはジョブズのヴィジョンの価値と実現の難しさを十分に理解していた。Fire OSはゆっくりと「ファミリーOS」の道を進んでいる。

「製品企業」アップルは、シェアを追うあまり、創業者の遺訓を破ってAndroidを追い、サイズを多様化させることでシェアを維持しようと図っている。ブランドを取り崩して現金化するようなもので、シェア下落を緩和する以上の役に立たず、ブランドは確実に毀損されていく。筆者からみて、これは「天才ジョブズの世界」を破壊する、心無い、愚かな仕業である。なぜならジョブズのiPadは、もともとガジェットを超えた「メディア」であるからだ。それは2010年1月の最初の発表の際のメッセージで明らかだった。

iPadに託したジョブズ最後のメッセージ

Jobs_iPad覚えている人もいないだろうが、壇上の彼はiPadが「Kindleの肩の上に立った」と宣言した。翻訳すれば、KindleはiPodの成功を本の世界に移植したが、自分はさらにそれを21世紀型メディアの世界に移すということだ(たぶん)。最初のメッセージは、本どころか、新聞も、雑誌も、TVも、過去のすべてのメディアを総合し、さらにiPadを介したクラウドとユーザーのインタラクションで生まれる<新しいメディア環境>の創造の場となることを強調していた。iPadが世界を震撼させたのはそこだった。iPadは、メディアと不可分に結びついている。そしてメディアは主としてコンテンツを介したコミュニケーション/サービスの手段である。iPadは本質的にガジェットではなく、iTunesと一体で機能するべきものだ。

生産工学/IBM出身のクックCEOが、アップルを「製品企業」として認識していることは、iPadやアップルの将来に暗雲を引き寄せるものだ。アップルが iPod以来実現してきたことは新しい「メディア」であり、アマゾンがデジタル・エコシステムの範としたのもその点だった。ただし、アマゾンのは完全に「実用」に徹し、ストアと一対一に対応するものであったために、「劣化コピー」と陰口されることさえなかったのは皮肉だ。アップルが無数の「劣化コピー」を相手に、しだいに苦戦を強いられている間に、アマゾンは独自の(ジョブズのグランド・デザインである)メディア性を追求している。それは「製品」をブランド化するようなものではないが、だからといってアマゾンが「製品の会社」でないとは言えないだろう。

CookJobs8億人のユーザーを有するアップルは「個人情報を溜めるようなことはしない」とクックCEOは述べている。その姿勢自体は好感を持てるものだが、やはり彼の考える「製品の会社」は、ジョブズの先見性を理解できない、ひと昔前のものではないかと思えてならない。日本の代表的「製品の会社」であったソニーは、「らしさ」という自分探しの病にとりつかれた挙句、何も出来なくなってしまった。誰の(何の)役に立つかということを二の次にして、ガジェットづくりに夢中になった。その作用はドラッグと変わらないことをわれわれは見ている。

ジョブズは「らしさ」ではなく、つねに「彼自身」で勝負した。彼が必要として生まれたメディアがiPhoneであり、iPadである。彼以後のモデルはガジェットに堕し、メディアとしての発展を示していない。ジョブズが目指したメディア性は、彼以後にも継承発展することが可能なものだ。アップルもやがて「本来」の路線を探し始めるだろうが、それは、シェアも利益も稼げる「卓越したガジェット」としてのタブレットの夢が失われた後の話になる可能性が高い。(鎌田、09/24/2014)

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