アマゾンとS&Sとの契約は、かなりの驚きをもって迎えられた。“エージェンシー”以後のビッグ・ファイブによる最初の契約が、表面的にはそれに近いニュアンスのものとして伝えられたからだ。しかし、合意がスムーズに進んだのは、アシェット社とは逆に、S&Sのデジタル・リテラシーが進んでいたことを示すものだろう。
価格談合事件以後の最初の契約を複数年で
アマゾンとサイモン&シュスター社(S&S)の新契約締結に関しては先週、簡単にご紹介したが、予想通り、マスメディアから専門ブログまで、発表されなかった詳細に関する推測記事が溢れることになった。「メーカーと販社の契約」がそれほどの話題性を持ったのは、もちろん「アマゾン vs.アシェット」紛争が「社会問題」化していたためだ。ちょうどAuthored Unitedを組織した有名作家のダグラス・プレストンが、「アマゾン独禁法違反論」を提起し、経済学者のポール・クルーグマンが「アマゾンの需要独占」を寄稿して、アシェットに肩入れしたタイミングだったので、いやでも注目を浴びることになった。
アマゾンとS&Sの契約条件、他社への影響について詮索する前に、背景を整理してみよう。出版大手5社は、アップルが主導したとされる価格談合事件で実質的な打撃を受けた。書店の小売価格決定権を否定する契約は無効とされ、消費者に対する一種の「過払い金返還」を課された。それ以上に、出版社が悪玉、アマゾンは善玉というイメージを振り撒いてしまった。委託販売制(エージェンシー価格制)は、否定されたわけではないが、個別の交渉では不利となることが予想されていた。アシェット(HBG)は、ビッグ・ファイブのトップバッターとして談合判決後の新規契約交渉に臨んだ。すでにお伝えしている通り、両社は合意に達することなく旧契約の期限を迎え、現在は変則的な関係での販売が細々と続いている状態。HBGは「世論」を喚起することでアマゾンに圧力をかける異例の対応を行っている。
したがってS&Sは、アマゾンと最初に契約したビッグ・ファイブ企業となったわけだが、同業者を驚かせたのは、そのタイミングと内容からである。
- 複数年契約(アマゾンは単年契約、条件変更で悪名高い)
- 現行契約の期限まで3ヵ月残した状態での余裕を持った合意
- 出版社の価格決定権を尊重した内容(ただし詳細不明の条件付)
S&Sが通例以上の表現で「満足」を表明したことからみて、交渉がスムーズに運び、条件も悪くなかったと認識していることは確かだろう。また、いささか古風な「出版社中心主義」を隠そうとしないHBGとは異なるデジタル戦略を持っており、市場への認識(とくに低価格設定の意味)において対立がなかったことも考えられる。ともかく両社は最初から対立を回避した。
サイモンとアシェットはどこが違ったか?
出版社と大手書店との交渉は、とくに後者にB&Nなどの大型チェーンが登場して以来、熾烈なことで知られている。交渉は時に数ヵ月を越え、取扱い一時停止に至ることもある。争点は基本的に卸価格と販売協力金(通称 'co-op')をめぐるものだが、アマゾンの場合も基本的な性格は変わらないと考えられている。リアル書店では店舗内のスペースやPOPをめぐるものだが、ネット書店ではDMや「予約ボタン」に変わる。HBGはオンラインでの'co-op'を拒否したと考えられている。
アマゾンはS&Sとの契約をベースに、他の大手出版社との交渉に臨んでいる。HBGと同時期に難航していたスウェーデンのボニエ社とも合意した。S&Sは例外ではない。複数年契約としたのは、おそらくこれまでの実績から十分なデータを手にしており、シミュレーションが可能であったためと、ともに安定した契約を望んでいたためだろう。それがエージェンシー・モデルと呼べるものなのか、本質的に卸販売モデルなのかは、条件の内容と解釈に関わるので、実際の取り分がどうなるかを含め、当分見えてこないだろう。
アマゾンとHBGとの紛争は、解決までにはまだ数ヵ月はかかりそうだが、これまで少なくともS&Sを含む大手出版社にとって、多くの教訓を残し、今後数年間の契約のモデルを形成するのに役立ったものと思われる。◆(鎌田、10/21/2014)