アマゾンが10月に立上げたクラウドソース出版プログラム Kindle Scoutがプロデュースする最初のシリーズ14点が発表された。自主出版、在来出版に続く第3のビジネスモデルとして注目されているが、来年早々にはアマゾン出版から刊行されることになる。しかし、クラウドはシステムではなくプロセスなので、簡単に最適解に結びつくとは思えない。[全文=♥会員]年内特別公開
アマゾンKindle Scoutのラインナップ
当然のことながら、選ばれた14点(12月13日現在)の著者たちが注目されるが、すべて複数の作品を刊行した経歴があり、ほとんどは既成出版社から作品を出している。3人は大手出版社(ランダムハウス傘下のBantam と Ballantine、およびゲイル傘下のFive Starブランド)で出した経歴がある。いずれも経験豊富な作家が多いので、編集・校正についてはプロの編集者と組み、表紙デザインも委託したと思われる。カテゴリは、ミステリ、スリラー&サスペンス、ロマンス、SF&ファンタジーの3分野。
Kindle Scoutは、一部を読んだ読者の投票によって出版候補作を決め、アマゾン出版が最終的な出版作品を決定するもの。契約条件は、在来出版とKDPによる自主出版のほぼ中間。さて、今回のラインナップから判断されることは、たぶん「無難な選択」であろうというだ(概要はこちらのサイトで知ることが出来る)。もちろん、14点はポートフォリオであり、いわゆる安全資産とリスク資産、有名作家と無名作家をバランスさせているに違いないが、構成内容はしだいに冒険的・実験的な方向に向いていくものと思われる。Kindle Scoutは、クラウドソースにフォーカスしたマーケティングの可能性を開拓していくわけだが、もちろんそれだけに依存してはいないだろう。ここでクラウドソースの位置づけを確認してみたい。
一般論として、たいていの出版編集者は売れる本を出す使命を持っており、個人的にも出したいと考えている。しかしそれはプロ野球で打率3割を出すより難しい。この時代では給料分稼ぐだけでも簡単ではない。確率を高めるには、マーケティングとの連携が欠かせない。つまり想定読者に最適化した売り方が必要なわけで、出版企画とマーケティングを同時に進められるクラウドソーシングに期待が集まるのはそのためだ。もちろん、アマゾンはデータ・マーケティングの先駆者であり、本の販売においてはフルに活用している。しかし、それは出版企画にそのまま使えるわけではない。
勘でもデータでもない次元:読者の嗅覚
おそらくアマゾンは、小売におけるビッグデータと出版プロデュースに必要な情報とのギャップ(多くはタイムラグ)を認識したと思われる。後者は半年後(大手出版社では1年半以上後)に市場に登場するもので、その時点には市場は別のものとなっている。ネットで得られるビッグデータ(を読み取るアルゴリズムとそれをデザインする人間)が現在についていくら有効でも、半年後の世界は同じではない。
発行時点でのマーケット・ニーズを一定の確度で予測するには、「一般読者」に参加してもらうしかない。クラウドソースがどこまで使えるかは、その仕組みと運用にかかってくる。アマゾンは数回のトライアルを通じて、ある程度の仮説を得たはずだ。Kindle Scoutは、ビッグデータとクラウドソース、そして編集者の常識をミックスさせた最大のテストケースである。重要なことは、これが編集者、ビッグデータ(アルゴリズム)を補完するもので、代替するものではない、ということだ。
クラウドソースは時間をかけて使えるものとしていかなければならない。使いようによっては「コンピュータ占い」のようにも「平均的編集者の常識の裏書き」のようにもなるデータから何か意味のあるものを探すには、かなりの忍耐が必要だと思う。アマゾンにはデータの可能性に関する楽観主義があるのだろう。
この10年余りのメガヒットである『フィフティ・シェイズ』『ハンガーゲームズ』あるいは『ハリー・ポッター』などを大手出版者や著者エージェントなどのプロが敬遠したのは、それらが斬新なものではなったこと、そして同じジャンルの膨大な類似作品にうんざりしており、「…を超える」「…に匹敵する」作品しか出版に値しないと考えていたからだ。彼らが忘れていたのは、トールキンを読んだことのない読者には『ハリー・ポッター』は人生初の体験であること、また読書には順序があるなどという教えは意味がないこと、そして会ったこともないアマチュアの女性作家が、作品原稿の向こうに、読者を魅了する尋常でない執念とタフネスを秘めていることもある、ということだろう。クラウドソースはそうしたものを探知する手掛かりとなるはずである。少なくとも理論的、経験的には。◆(鎌田、12/17/2014)