マーク・ロアCEOが創業したコマース企業 Jet.com が新たに1.4億ドルを調達して注目を高めている。企業価値を6億ドルと見積もられ、すでに14の投資家から計2.2億ドルを集めた。事業開始前のスタートアップに億単位という破格の資金が集まったのは、Jet.comに“打倒アマゾン”の秘策があると評価されたからにほかならない。それはどのようなものか。
ベンチャーの達人の新事業はコマース
Jet.com(ニュージャージー州、モントクレア)は2014年の創立で今年3月にオープンする予定のオンライン・ショッピング・サイトで、200名以上のスタッフが準備作業を行っている。NY Times (2/11)の田淵広子氏の記事によれば、投資グループには、Bain Capital Ventures、Accel Partners、General Catalyst Partners、Goldman Sachs、Google Venturesなど錚々たるメンバーが含まれているが、もちろんアマゾン系は入っていない。
Business Weekなどに報じられているところによると、JetはCostcoのようなショッピングクラブのオンライン版。フォーカスするのは価格と配送で、ショッパーに「最短 and/or 最安」で提供できる販売業者をマッチングする最適化のシステム(アルゴリズムとUI/UX)にポイントがある。それは「ユーザーがカートに何かを追加するたびに、個々の品目について最適化し価格を再設定する」複雑な計算をリアルタイムで行うものだ。Jetはショッピング・クラブで、50ドルの年会費を払った会員に対しては(数百万品目について)オンライン上での最低価格(-5%)を保証する。「少額、小ロット商品の全国配送」を最も効率的に行う者が勝者となるという21世紀のコマースの課題にアマゾンより有効な回答が与えられる、とロア氏は考えている。
ロアCEOは金融の世界で成功を収めた後に、続けざまにベンチャー企業を成功させるシリアル・アントレプレナーとして名をはせた。とくに2012年に赤ちゃん用品サイトDIapers.comをアマゾンに5.5億ドルで売却して名を馳せた。損をしたことがなく、億単位のビジネスを成功させてきた人物だけに、その新事業を軽く見る人はいないだろう。たとえそれがアマゾンに真っ向から挑むものであっても。
アマゾンの土俵で21世紀ビジネスの難問に挑む
アマゾンのベゾス氏と共通するのは、金融業界出身の起業家という点だけではない。Diapers.comでは、顧客志向とロジスティクス改善という技術経営上の難題を解決して軌道に乗せた。おそらくそうした経験も(金融工学の導入で性格が一変した)金融業界での経験に支えられていると思われる。筆者はもちろん門外漢だが、金融工学もシステム工学の一つの流れであり、その手法はコマースにおいて本領を発揮できるのではないかと思われる。
アマゾンはコマースの会社である。しかし「一以て之を貫く」(孔子)、「一理誠に明かなれば万理に通ず」(二宮尊徳)というわけで、無限に多様なサービスの展開を可能とするシンプルなビジネスモデル(の創造的運用)により、本の通販から出発して対象商品を拡大(むしろ連携)させて一大帝国を築いてきた。Jetのモデルはアマゾンとほとんど変わりがない。スタートアップで「相四つ」の勝負を仕掛けるのはよほどの自信があるとビジネス界では見ている。
アマゾンはどう迎え撃つか。DIapersの場合には、まず「正攻法」で価格戦争を仕掛け、紙おむつの30%引きといったことをやったが、打撃を与えられなかった。DIapersの事業デザインはその程度のことを織り込んでいたということだ。最後はロア氏に売却を促すため、ブラッド・ストーンが「熱核兵器」と呼んだコピー・ブランド 'Amazon Mom' まで繰り出した。Jetが成功した場合。おそらくアマゾンだけではなく小売最大手や中国資本なども絡んで、時価総額は記録的な金額になると思われる。
蛇足ながら、このニュースを取り上げたのは、Jetのシステムが機能すれば、紙の書籍の流通、書店の役割にも影響があると思われるからである。◆ (鎌田、02/17/2015)
- Amazon Bought This Man's Company. Now He's Coming for Them、By Brad Stone, Bloomberg Businessweek, 01/08/2015
- Amazon’s Diaper Deal Spawns New Rival By Greg Bensinger, Wall St. Journal, 01/07/2015