先週号のニュースとして取り上げたハーパーコリンズ社とアマゾンの契約問題が、わずかづつではあるが見えるようになってきた。どうやら交渉は昨年秋から継続され、契約切れの状態が継続したままで、HCがアマゾン外しの可能性を考慮していることは、ほぼ疑いがない。アマゾンが「交渉難航」を認めたことは、次の段階に備えていることを示している。
謎の「余裕」を見せるHC
NY出版界の内情に精通したPublishers Lunchのマケル・ケイダー氏によると、最初に問題を報じたBusiness Insider(ジェフ・ベゾス氏が出資)の記事は、アマゾンからのリークに基づいており、HC関係者に「最悪の事態」を警告したものだという。前の契約は2014年9月に期限が切れており、交渉は1年以上も続いていることになる。その間アシェットを含む3社が同一条件で契約したが、HCだけが(印刷本およびE-Bookの両方について)折り合わず、暫定的に以前の条件で取引が続いている。アシェットの場合は昨年3月に期限切れとなり、その後間もなくアマゾンストアでの扱いが終了して、公然化することになったのだが、HCのケースは双方沈黙のまま、半年も事実上の無契約状態が続き、アマゾンが「忍耐の限界」を示唆したということだろう。
HCのこの「余裕」は、明らかにアマゾンとの断絶に(も)備えていることを示している。そして、つねに大手出版社の味方であるNY Timesや、マードック氏のWall St. Journalも、内部情報を知りながら「沈黙」を守っている。このあたりの駆け引きはおもしろい。
では、HCの余裕(もしかすると錯覚もあるのかもしれないが)の根拠となるものは何だろう。もちろん、旧メディアの帝王であるマードック氏には「アマゾン追討」を宣する十分な動機と資力があることは言うまでもない。彼は故ジョブズを盟友として2010年にKindle征服戦争を起こし失敗したが、そんなことで諦めるわけはない。とにかく彼は(ベゾス、ジョブズとは違った意味で)常人ではないのだ。
アマゾン外しの4つの可能性
Good eReader (4/5)のマイケル・コズロウスキ氏は、早くもHCの本がアマゾンで読めなくなった場合を予想した記事を書いている。4つの可能性がある。
- 米国や英国など、NookやKoboが展開している国の読者は、それらで購入し、読める。
- 定額制サービスのScribdやOysterはHCの本を扱っている(新刊はほとんどないが)。
- HCの直販サイトからiOS、Android用アプリをダウンロードして読める。
- DRMを外し、ウォーターマーク(電子透かし)に切替えれば、すべてのデバイスで読める
NookやKobo(もちろんiBook StoreやGoogle Play Booksも)は、たしかに(Kindle以外では)使える。問題は(アマゾン以外がHCの条件を受け入れたとしての話だが)ユーザーがHCの本を読むためにこれらのチャネルを使ってくれるかどうかだ。単純にHCを読まなくなるだけで終わるかも知れない。直販サイトは、現状では補助的な役割を超えるものではない。たしかにHCの本を見つけるには便利だが、これまで出版社は直接読者を相手としたマーケティングをほとんどやってこなかった。マーケティングは蓄積であってたんなるインタフェースではない。
そしてソフトDRMやウォーターマークは、この技術の支持者であるコズロウスキ氏が期待するもので、Kindleユーザーにも開かれた唯一の方法だが、マードック氏がこれを全面採用するとは思えない。そうすれば無条件に英断ということになるのだが、マードック氏は消費者を最重視する時代の人間ではない。しかし、ものごとには弾みがあり、そうならないとは限らない。
DRMは根拠なき「海賊への恐怖」のあまりアマゾンの独占を許す結果を招いたものである(本誌はそう主張してきた)。HCがハードDRMを外し、他社も追随すればコンテンツとデバイスがオープン化され、新しい競争条件が生まれる。◆ (鎌田、04/07/2015)