ブックフェアの「死」と再生

TIBF東京国際ブックフェア(TIBF)は6月15日、来年の第23回の構成と開催方法を変更することを発表した。TIBFは一般消費者向けの「純粋な『読者イベント』」となり、19回開催されてきた電子出版EXPO (eBooks)は、TIBFの中の「ゾーン」へと吸収され、消滅する。世界の主要ブックフェアの一つとしてのTIBFの終わりを意味することになろう。

「純粋な『読者イベント』 」!?

筆者の理解するところでは、TIBFは「読書推進・読者謝恩の場」を提供してきた日本書籍出版協会(JBPA)と、国際的なブックフェアのネットワークを有するリードの共催として生まれた。つまり、ローカルなB2Cイベントと国際的なB2Bイベントの折衷的な性格を持っている。前者は厳格な再版制の国で「特別価格で本を購入できる」機会であり、後者は日本のブックビジネスの持続的発展のための商談の場である。しかし、こうした混在は、今日のブックビジネス(あるいはコンテンツイベント)の特徴であり、フランクフルトやニューヨーク、ロンドン、パリなどでも強化されている。電子出版EXPOの共催も同じ。

以上の流れから見て、「純粋な『読者イベント』」というのが、TIBF以前の「日本の本展」や「東京ブックフェア」への回帰を意味することは明らかだろう。つまり本の愛読者のための「謝恩・展示即売会」ということである。しかし、1990年に「国際ブックフェア」を開催し、内向きな出版の国際化をここまで引っ張ってきたリードの努力を考えると、まことに残念というしかない。個人的には、廃止すべきは時代錯誤的な「純粋な読者イベント」のほうで、「国際ブックフェア」ではないと思う。

リードのIBFは、(1)ブック/コンテンツ・ビジネスの国際的商談の場、(2)出版を支援するテクノロジー・サービス、(3)消費者と社会に対する出版産業の情報発信の場、(4)国際出版交流の場、という4つの柱を持ち、とかくローカルな日本の出版業界に文化的先進国の顔として恥ずかしくない体面を保たせてきた。秋篠宮家やゲスト国の存在はその象徴であった。こうした支柱を失うならば、TIBFは事実上、その存在を終えたと言える。「純粋な読者イベント」について言うならば、それは書店の店頭で、毎月・毎週、あるいは毎日どこかで開催されてよい。愛書家が求めるものが「2割引」ならば、それを柔軟に実現する方法を考えればよく、梅雨空の東京・晴海に集めるのは、どう考えてもおかしいし、いつまでも続くとは思えない。

「本らしい本」が近所の書店から少しづつ消え、棚の景色が荒涼としていくのを見るのは辛い。まともな本ほど電書にならず、紙の本を護ると称して簡単に廃棄していく現状はまったく変わっていない。それを放置している出版業界の「読書推進・読者謝恩の場」に期待する人はいるだろうか。

未来志向の出版イベントを

TIBFは上記の骨格を残すべきであり、それが出来ないのならJBPAとは別にすべきだろう。リードエグジビションジャパンは2016年について、9月開催となるTIBF(9/23-25)とは別に、同じビッグサイトで「コンテンツ東京」6展示会を開催すると述べている(6月29日(水)~7月1日(金))。ぜひこれを業界団体とは別の(しかしTIBF後継の)出版ビジネス・イベントとして継承・発展させることを期待したい。デジタルへの移行期における断絶は、出版ビジネスにとどまらず、日本の文化的イニシアティブにおいて巨大な損失となることは明らかだ。

言うまでもなく、欧米で最も注目される中国市場の存在があり、文学的にも注目されている韓国の存在がある。北京やソウルのブックフェアをリードし、アジアのハブとして発展すべき時に「純粋な読者イベント」に退行しようというTIBFの凋落は、まさに「東京沈没」というべきイベントとして世界に伝わるだろう。トレード・イベントは、市場、産業の発展において非常に重要な産業基盤で、持続的で一貫性のあるイベントは産業の未来を映すものだ。規模を縮小しても絶やさないことを期待したい。

筆者は、TIBFの骨格を維持しつつ、以下のような役割を期待している。
第1に、デジタル時代に出版が不可欠とするB2B+B2Cの連携の追求。
第2に、境界のないデジタルメディア世界の市場開拓戦略の追求。
第3に、上記をサポートするテクノロジー・プラットフォームの紹介。
第4に、グローバルなコンテンツとタレントのプロモーションの場。
第5に、次世代のストーリーテリング、コンテンツのデモ。

重要なことは、出版(とそのイベント)は出版業界のためにあるのではないということだ。在来の出版業界が前進を拒否するのであれば、出版は新しい参加者を中心にして未来を切り拓いていくしかないだろう。鄧小平的に言えば、「先にデジタルになれる者からデジタルに…」ということだ。うまくいけば、誰でもついてくるはずだが、そうとは限らない。われわれは、幕末の日本で繁栄を謳歌していた江戸の木版文化が、活字出版の出現により、20年あまりで消滅したことを忘れてはならない。 (鎌田、06/24/2015)

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