労多くして益少ない仕事に取り憑かれている筆者から見ると、「労少なく益多い」仕事をデザインし、自主出版をビジネスモデルとして実証したこの匿名著者は 眩しい存在だ。何より、彼の「方法論」は出版ビジネスのポイントを押さえている。それは一見したほど簡単ではない。誰にでもできることではないが、それは もっぱらコピーライターのものであるようだ。
真似るのは簡単ではないが的は外さず
筆者が注目したのは、例えば以下の5点だ。
- 着想は本/レビューを読むことから生まれる
- 本とは構成(アウトライン)、視点である
- 必ず読まれる目次・梗概は、本文に優先する
- 表紙デザインのセンスは良いものを見て真似する
- レビューは自分で書いて他人に投稿を依頼
なかには、4、5のように問題なしとしないものがあるが、そこにも真理が含まれている。つまり、徹底して「消費者」の眼で本を見ているのだ。これは真面目な(ふつうの)著者や凡庸な編集者にはできないことだろう。優れたコピーライターは消費者とそのコンテクストを洞察し、彼らの欲しいものを言葉にする能力を持つ。彼の構成案は、それだけで価値を持つものであることは、それらが「ベストセラー」になったことで証明されている。惜しむらくは十分な「中身」がないことだが、それを実装する時間と手間をかけたらとても一人では追いつかない。
かの覆面ライターは、本の企画者、マーケッターとして一流の才能に恵まれていた。これを「正規」の出版社のプロセスに置き換えるならば、ライターを揃えてしかるべき中身を、可能な限りで実装することになるだろう。そしてこうした制作の仕方は、昔から行われてきた。米国ではエドワード・ストラテメイヤー( Edward Stratemeyer)という人物が1905年に創刊したシリーズ本の制作法がそれにあたる。ストラテメイヤーは、児童書作家兼出版者として1,300冊を発行し、5億冊を売って、「ロックフェラーが石油王ならステートマイヤーは文豪」と呼ばれた超人だったが、フィクションの世界で多数のゴーストライターと契約し、連続少年少女小説シリーズを生産していったシステムと管理法で出版史に残る奇人だった。ストラテメイヤーのシステムは、今日のノン・フィクションなら常識的なものだろう。
さて、Kindle成功者の秘訣の中で忘れてならないものが、Kindleにおけるカテゴリの重要性だろう。匿名著者は、どんなにニッチであっても、カテゴリでトップを取ればそれなりに売れる、と言っている。Web広告でのメタデータの重要性に通じることだが、Kindleの購入者は検索で本を探しているので、カテゴリで優位を占めることが成功の近道になるということだ。メディアの書評より、Kindleのカテゴリ別ランキングとユーザーレビューの影響力は大きくなる。ただし、匿名著者は、システムとしてのKindleの性格・特徴に最適化したのだが、それは一定ではなく、満足度が低い手抜き本を売れにくくする工夫が実装されていくだろう。◆ (鎌田、07/30/2015) 完