世界最大の出版社が自ら望み、アマゾンとの厳しい交渉の末に実現したE-Bookの値上げで苦境に陥っていることを Wall St. Journal紙が報じた(09/03)。本誌が予想していたシナリオが起動し始めたようだ。11月からのハイシーズンを前に、値下げするか、出版における覇権を失うか、かなり困難な、そして緊急な決断を迫られている。
部数だけでなく収入がダウンした
出版社協会(AAP)加盟出版社の今年1-3月のE-Book売上は前年同期比7.5%のダウン。米国アシェット社の今年前半のE-Book売上比率は前年同期の29%から24%に落ち、書籍売上全体の数字も7.8%下落した。価格上昇が販売部数に止まらず、金額の減少を招くとともに、E-Bookの減少が紙によって補われず、業績全体に影を落としたことになる。WSJが注目したのは、昨年末からの半年間にアマゾンと契約を公開し、委託販売制へ転換した大手5社のうち3社(アシェット、サイモン&シュスター、ハーパー・コリンズ)で直近の決算に影響が表れたためだ。同じく値上げで足並みを揃えたマクミランとペンギン・ランダムハウスにも影響が及ぶことは確実と見られている。
昨年に10ドル($9.99)だった新刊ベストセラーの平均価格は、最近では15ドルあまりになり、18ドルを超えるものも少なくない。Codex Groupの調査によれば、最近Kindleストアで販売された大手5社の本についてみたところ、平均価格は10.81ドル、その他の本の平均価格は4.95ドルと、新刊・ベストセラー本に限定しなくても、価格差は倍以上になっている。それは時に印刷本との逆ザヤまで生じ、印刷本への逆流まで呼んだ。それを偏愛する人々は、これを「紙への回帰」と呼んで狂喜さえした。しかし、大出版社にとっての「想定外」は、売上(金額)の減少したことだ。
単価を5割上げることが売上の減少につながることは想定されていなかった。WSJは「E-Bookの新しいビジネスモデルが大出版社の決算に大きな影響を与えている」「出版社の純収入が落ち込んだことは明白だ」という経営者の声を伝えている。アシェットを例にとると、平均価格が5ドル上がり、売上が7.5%下がるということは、部数にして38.3%、じつに40%も減ることを意味する。32%減なら「金額横ばい」で済んでいたのだが、値上げして売上まで減るのでは、消費者に嫌われただけだったことになる。これはかなり深刻な事態だ。
勝利の高揚が恐怖に変わった
少なくとも、以下のことを意味している可能性が高い。
- 消費者の多くは値上げを容認しない(企業イメージの毀損)。
- 消費者の多くは、安価な別のタイトル/メディアに目を向ける(ブランドの劣化)。
- さらに下降すれば多くが「ベストセラー」から消える(社会的影響力の低下)。
- 利益の主要部分を占めるE-Bookの売上減で出版の採算性が悪化する。
- 著者の収入が低下し、インディーズ出版、アマゾン出版に向かう(著者の離反)。
- 2010年以降の業績に貢献してきた戦略事業での失敗を印象づける(経営の失敗)。
- 投資家から、企業としての将来性に疑問符が付けられる(将来性の喪失)。
大出版社に批判的なブロガーは、ビッグ・ファイブの経営者が、例外的な強さを持つ著者たちの本を扱ってきたせいで、自分たちの商品は価格と消費の関係についての一般常識を超越していると思い込んでいる、と指摘しているが、上記は冷静に評価し、即座に対応すべきことを見極め、11月からのハイシーズンの前にステークホルダーにメッセージを伝える必要がある。対応を誤れば、損失は拡大するし、5社の対応の巧拙によって、業績は大きく変わってくる。
日本のように(マンガを除けば)E-Bookが売り上げに占める比率が低い国では、さほどショックではないだろうが、米国の大出版社では2014年までにデジタルが経営の重要な要素となっていた。旧メディアでは初めてデジタル転換に成功し、10%を超える利益率で、斜陽産業説を一蹴したことはまだ記憶に新しい。彼らの悲願はただ「小売価格設定権」をストア(≒アマゾン)から奪還し、流通への支配力を回復することだった。デジタルで攻勢を仕掛ける前に、まずアマゾンをの絶対的優位(=価格)を無力化することは戦略の核であり、アマゾンとの交渉の「成功」は歴史的な勝利と考えられていた。ショックは大きいと思う。しかし、いったいなぜこれほど無謀な戦略がとれたのだろう。あらためて検証し、次の展開、日本にとっての教訓を考えてみたい。(つづく)◆ (鎌田、09/08/2015)