7月に発表されたインプレスの電子出版市場調査で、2014年の市場規模が前年比39.3%増の1.411億円と発表されたが、『出版月報』8月号に内訳(「ジャンル別電子出版市場の推移」)が紹介されているので、今後を検討してみることにしたい。コミックが圧倒的で書籍が遅々としているのは自然な現状ではなく、今後は「印刷本・書店ルート」の帰趨に依存する。
電子「書籍」の停滞はいつまで続くか
このデータでは「電子」市場を、書籍、コミック、雑誌に3分類している。電子雑誌については7月の記事で述べた通り、まだ持続的成長の推進力は得ていないと考えている。ここでは、E-Bookに関連するものとして、コミックと書籍を取上げる。
コミックは対前年比40.1%増の1,024億円で全体の72.6%を占める。14年の紙のコミック売上が2256億円だから、その半分近く(「出版状況クロニクル」88)。このことは、コミックを主力とする出版社にとって、構成比が30%台になったことになる。増えるのは利益が上がっているからで、今後も上昇を続けるだろう。とくにシリーズの「まとめ買い」が大きい。しかし、それによってやはりコミックに頼る書店は影響を受ける。コミック・ファンにとってもデジタルが主で紙が従という状態が定着するからで、タイトルでもマーケティングでもコストが少なくて済むデジタルが重視されるのは自然だろう。
それに対して、書籍は18%増の242億円、シェア17.2%。伸び率は前年(37.2%)の半分に縮小した。2014年の書籍販売金額は8,089億円(出版年鑑)なので3%に満たない。このギャップには誰もが驚くだろう。コミックの伸びは、出版社が市場のニーズを優先したためだが、書籍の停滞感はその逆で、(1)タイトルの電子化が不十分で、(2)高い価格水準が維持され、(3)書店に向かないフォーマットとして軽視しているためだ。出版社は「書店重視」いや「書籍流通の現状維持」のためにデジタルを歓迎しないわけだが、コミックのデジタル収入は、関連出版社にとってはそうした姿勢を続ける余裕を生んでいる可能性もある。
紙の流通システムの解体・再編
しかし、非コミック出版社にとって、書籍市場の縮小、オンライン流通の拡大、返本率の拡大はすでに耐え難いレベルにあるので、利害の対立が大きくなっている。最近、中堅出版社を中心とした出版梓会の今村理事長(偕成社)が、栗田出版の倒産に関連して「取次会社のビジネスモデルが壊れている」という認識を表明し、控えめな表現ながら「読者は本の価格が硬直化していることに不満をもっているのではないか」「今後は大幅に再販の弾力的運用を取り入れるべき」と個人的な提言を行ったことも、その一端だろう(「新文化」07/27)。
先週号で述べたように、再販制は崩壊過程に入った。大手出版社には維持することが出来ないし、中堅出版社も改善することが困難だ。それは以下の事情による。
- 再販制は戦時下という外的強制のもと、例外を許さない硬直した制度として、出版、取次、書店の三者(および印刷会社)の協力のもとに存在してきた。
- 書店は大再編の過程にあり、小規模書店の淘汰どころではなく、大規模書店の取次化、取次の書店吸収という流通統合のフェーズに入っている。
- 二大印刷会社を両極とする取次-小売の統合モデルが形成されている。直接買取りによる流通マージン確保を目指しているが、これも書店と市場の減少を止めることはない。
- 印刷本の直接買取りの拡大は、体制の流動化につながり、印刷本の採算はさらに悪化し、経営は不安定化する。出版社(版権)の買収、集中化も進むだろう。
出版社にとって、書店を重視することがデジタルを無視することにはならないはずなのだが、これは認識の問題なのでしかたがない。しかし、書店ルートが機能不全を起こせば、落日の感傷に浸る余裕もなくなるはずで、従来通りに出せる本も限られてくるだろう。採算性(返本率の圧縮)が重視されれば、新刊点数・印刷部数は確実減少する。体制が出来た出版社から、デジタルを前提とした制作・マーケティング・モデルに移行していくと思われる。
筆者は、既刊本を中心に、低コストのE-Book出版を主体とし、印刷本を組合せる形態が発展するのではないかと考えている。新刊に懸けられる予算は減少し、他方で再版価値のある既刊本は十分にあるからだが、不合理な商慣習を捨てることで、それぞれの方法で出版危機を克服していくことを期待している。◆ (鎌田、09/03/2015)
年 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | ||||||
(億円) | 前年比 | 前年比 | 前年比 | 前年比 | 前年比 | シェア(%) | |||||
電子書籍 | 126 | 111.0 | 115 | 91.3 | 155 | 134.8 | 205 | 137.2 | 242 | 118.0 | 17.2 |
電子コミック | 524 | 115.9 | 514 | 99.2 | 574 | 116.7 | 731 | 127.4 | 1,024 | 140.1 | 72.6 |
電子雑誌 | 6 | - | 22 | 366.7 | 39 | 177.3 | 77 | 197.4 | 145 | 188.3 | 10.2 |
電子合計 | 656 | 114.2 | 651 | 99.2 | 768 | 118.0 | 1,013 | 131.9 | 1,411 | 139.3 | 100.0 |
「再販価値のある既刊本は十分にある」という認識は間違っていませんが、
「(その再販価値ある)既刊本を中心に、低コストのE-Book出版を主体とし、印刷本を組合せる形態が発展する」かどうかは
かなり怪しい、です。
「再販価値のある既刊本」ほど、デジタル化以前の印刷工程をひきずっているからです。
印刷会社は大変な思いをして、世紀をまたがる時期に、印刷工程のデジタル化に取り組み始め、だいたい201年ころまでにはその過程を終了しています。ですから、2010年以降の新刊はデジタル化した、新しい印刷工程で作られています。
しかしながら、「再販価値のある既刊本」、それが2010年以前の刊行物であると、デジタル化以前の印刷工程、つまり写植のデータでその後も重版を重ねて来ている現実(え!いまだに写研なの!)があります。
重要なご指摘ありがとうございます。
2000~2010年というと、アドビCS/InDesignが制作の中心になってきた時期かと思います。切り替わる以前の電子組版やDTPファイルはEPUBへの変換に問題がありすぎ、フィルム(元データ)しか信用できないので、やはりプレーンテキストを作り直して、新しい工程(ワークフロー/コンテンツ管理/テンプレート)で最初から作り直す(つまり改版)ほうがよいと思います。
主観的な印象では「再版価値のある既刊本」は2010年以降、かなり減っています。2010年以前の本の再刊は、読者のみらならず、出版社にとっても出版界にとっても非常に重要な意味を持ちますので。再入力とそれ以降のプロセスの生産性を高める仕組みを共有するとともに、再版/改版の付加価値を高める方法(編集、ブックデザイン、装幀等)を読者参加で考えるしくみがあれば、マーケティング効果もあってよいのではないでしょうか。
これまでの出版は、製品の半分近くを限られた期間の「展示」に使って、売れ残りは廃棄するということを続けてきたので、著者・編集者・制作者・販売者そして潜在読者の全員が不幸な思いをしていたと思います。今後10年以上の商品生命を持つものを中心にした再版/改版プロジェクトは、電子と紙の生産的関係を築くことで従来の出版の面目を一新するものとなると考えています。(鎌田)