ディズニー・リサーチは、Coloring Books(ぬり絵帳)に対話型AR(Augmented Reality=拡張現実)技術を適用した3Dアプリケーションのデモを公開した。ぬり絵をデジタル化するクレヨラ社のColor Aliveに対話技術を持ちこんだもの。製品化にはまだ早いが、ARの可能性および本質を示すものとして注目すべきだろう。[全文=♥会員]
主役はクレヨンによるぬり絵体験の拡張
米国の老舗クレヨン・メーカーのクレヨラ(ホールマーク傘下)は、伝統的なぬり絵をタブレット・アプリと結びつけたColor Aliveという人気シリーズを持っている。ぬり絵で彩色したキャラクターをデジタルに取り込んで遊べるようにしたものだが、ディズニーはこれにARを導入した。ビデオを見ていただくほうが分かりやすいが、モバイルデバイスのカメラを使って彩色作業をキャプチャし、キャラクターを3Dで動かしながら続けられる。キャプチャされた画像は任意の3D曲面にマッピングされ、リアルタイムに表現される。
子供たちが、人気キャラクターに彩色し、自分でストーリーを書き、ナレーションや効果音を入れて3Dアニメとして動かしたり、自分のキャラクターを作中に登場させたて楽しむということを目ざしていると思われるが、ゴールまでほんの一歩という気がする。クレヨラはクレヨンとぬり絵出版で、ディズニーはキャラクターで稼ぐというビジネスモデルと思われるが、興味深いことは、テクノロジーが独立した商品となっていないということだろう。
使われている技術は、3D-CADをはじめ、いずれもおカネのかかったものなのに、それらは商品ではない。動画をキャプチャし、3Dマッピングし、再現する「モバイルデバイス」は、iPhone/iPadでも、5千円のKindle Fireでもいい。かつては数億円、数10億円もしたものだが、技術革新=陳腐化が急速に進んでこうなった。代替可能なものは主役ではないのだ。テクノロジーの償却は加速化している。
それに対して、クレヨンやぬり絵、ディズニーのキャラクターのような、大昔の玩具ほど、技術革新を乗り越え、むしろそれを駆使することで付加価値を増加させている。それはなぜか、といえば、慣れ親しんだ「ユーザー体験(UX)」があり、集合的記憶の蓄積があるから、あるいはそれを大切にしてきたからだ。UXを商品価値とすることが難しいのは、個別化・最適化など、古いものほど注意深い管理が必要だということでもある。一般的にはマス・マーケティングになじまないので、古いものほど大事にされず、廃棄されてしまう。ウォルト・ディズニーあるいはスティーブ・ジョブズの天才は、UXの管理にあった、と筆者は考えている。
デジタルの本質はモード=体験の融合
創造性を持っている人間は少なくはないが、それを見分けられる人間は少なく、そのマネジメントの方法を知っている人間はさらに稀である。今年3月3日号でディズニー出版のコンテンツ戦略を取上げ、そのポイントが (1)パーソナル化、(2)ファン参加による作品世界の拡張、(3)クリエイターとの体験共有、という3点であることを紹介した。これらはすべてUXに集約されるが、同社はデジタルの本質を「読む/視る/使う」(read/watch/play)というモードの融合として認識していた。メディア・カンパニーである同社が、モードに縛られてきたメディア・ビジネスの外側から時代を見ているのは、「UXこそ商品」いう本質が徹底されているからだろう。
「キャラクター」好きな日本人も、このビジネスに強い関心を持っている。しかし、その本質がメディアを超えたUX管理であることを知らないと、ブームの期間中に消費して終わってしまうことの繰り返しで、資産としては溜らないのだ。
ディズニーのデジタル戦略は、子供のキャラクターとの一体化体験を広げようというものだ。その体験は、両親や友だち、先生などが登場することで個別化され。創造性を褒めてくれる人によって強められる。成功体験は一生涯続き、子供の世代にも伝えられるだろう。この体験は持続的な消費に結びつく。生涯にわたる顧客だ。
企業は毎年2割あまりの顧客を「失い」、新規の顧客を獲得して埋め合わせているが、そこで膨大なロスが発生していることに無頓着だ、と米国のマーケティングの教科書にある。ディズニーはその昔からUX管理を顧客管理と一体化させている。体験とは「保守」的なものほど価値があり、テクノロジーがもたらすイノベーションなどは商品そのものではないということを知っているのだ。◆ (鎌田、10/06/2015)
参考記事
- Disney Has Invented 3D Coloring Books, by Andrew Liszewski, Toyland-Gizmodo, 10/02/15