E-Bookというものの法的性格(サービス/プロダクト)は、いまだに定まってはいない。どちらに決めても割り切れない問題が残るからだ。現在は印刷本と連動している価格が、これに絡んでくる。印刷本に認められている再販売権/譲渡権が、「購入者」に与えられないとすれば、E-Bookの価格は不当に高く、EU当局がそれを認めることも不当であるということになる。
「商品 vs. サービス」論争とその止揚
ドイツのバーデン・ビュルテンブルク州の消費者庁は、「デジタルコンテンツへの所有権についての明確な道筋をつける必要がある」として、E-Book古書販売解禁の提唱を開始した。ブリュッセルで開催されたパネル「私のE-Bookは誰のもの」に出席したウォルフガング・ライマー次官補は、「消費者保護という観点から言えば、所有についての説明がなく、デジタル商品の取得と所有に関する現在の状態は受け容れ難い。われわれは欧州委員会とドイツ連邦政府に対し、「デジタル統一市場」を実現する戦略の実行を保証するための、デジタル商品とアナログ商品の間の法的平等を確立し、それにより法的安定性 (legal certainty)を担保する著作権法改革を要請している。」と述べている(ドイツ語原文)。とんだところで法的安定性が出てきたが、安保法制でも著作権でも、これがないと意味をなさないことは同じだ。
E-Bookの「所有権」に関する不安定性、印刷本とのアンバランスは以前から問題になっており、それは「サービス」と決めている日本にしても同じだ。購入しているのが(本人限りの)ライセンスなのか、販売・譲渡可能な所有権なのか、EUでも定まっていない。オランダの裁判所は後者を支持する判断を示したが、ドイツ政府も同じ考えのようだ。ポーランドの裁判所は、VATの課税に関してE-Bookは印刷本と同じにすべきとした。これは、E-Bookがサービスであってgoods (商品)ではないとしたECの判断に対する異議である。
経済学では、goodsとは「あなたが保有し、使用することが出来るもの」を指し、サービスとは「誰かがあなたにしてくれること」を指す、と解説されている。しかし世の中に、教科書どおりに区別できるものはそれほど多くない。とくにインターネットとITによって実現されたものは、たいてい両方の性格を持っている。スマートフォンなどはその代表だ。
E-Bookが「サービス」であるという判断が浸透しないのは、デジタルにおいて商品とサービスが分離できず、両方の性格を持つからだ。だから、どちらか片方に決めれば必ず矛盾が出てくる。現在は、本であって本でないということだが、それは「本」とは何なのかについて合意が得られていないことによる。
筆者の理解はこうだ。本は抽象的な存在である「コンテンツ」と実現形態である印刷本やE-Bookといった「プロダクト」から成る。印刷本は実体を持つモノとしての商品だが、E-Bookはコンテンツをストアの指定コンテナに格納した状態で商品となっている。しかし、サービスがないとプロダクトとして機能しない。プロダクトのほうは、少なくともコピーの同一性が(販売者によって)保証されるならば、所有・相続・転売も自由であるべきだろう。
価格の問題は別ということも出来るが、コンテンツの実現形態では、印刷本は重く、E-Bookは限りなく軽い。E-Bookが安いのは当然である。そして「オーナー/ユーザー」がE-Bookの所有権を持たないのであれば、ライセンス料は相当に安くないと消費者は納得せず、出版社やストアにしても、コンテンツに付随する「サービス」の付加価値を生み出そうという動機が働かない。出版はコミュニケーションのためにあり、ビジネスも芸術もイノベーションも、そこで生まれる。それはグーテンベルク本を最終形態とするものでも、ましてやそのレプリカでもない。◆ (鎌田、10/29/2015)