アシェットCEOが語る「価格戦争」の幻(♥)

fix_price筆者は聴き逃したが、初日(14日)午後はアシェット・リーヴルのアルノー・ヌーリCEOによるトークがあった。PublishingPerspective (10/15)に記事があるので、その要約をもとに印象を記しておきたい。出版社が「価格水準へのコントロールを失えば、やがて死に至るでしょう。」という印象的な言葉を残したようだが、筆者には「価格神経症」という病気としか思えない。[全文=会員]

価格神経症は、出版が死に至る病

FBF2015_2冒頭の言葉は、アマゾンの価格引下げに始まる本の価格問題への認識について聞かれて答えたものだが、さらにこうも言っている。「私たちは慎重でいなければならず、終わったと考えてはいけません。」「まだ心配はしていますが、主な出版社の間で出版社が価格を管理すべきだという合意が存在するのは喜ばしいことです。」

彼の懸念は価格問題のほかに、ECが進めている著作権法改革にも向けられている。「彼らは統一されたデジタル市場という幼稚な願望を抱いており、一市民としては共感しないわけではないですが、それがどうして『じゃ著作権法を変えよう』となるのか、理解できません。たぶん欧州と米国との間の次のバトルになるんでしょう。とくにGoogleはコンテンツに課金しないように積極的に動いています。」

筆者は価格を消費者との対話の一つだと考えている。うまくいけば沢山買ってもらって大きな売上げにつながるし、失敗すれば赤字が残る。需要が一定しない商品の価格は多くの要因で決まり、市場で形成されるというのが多くのビジネスの常識である。出版社は著作権という排他的財産権を持ち、言い値で売れなければ廃棄する権利もあるが、米英市場では印刷本の再販売価格管理は禁止されており、小売価格は市場で決まってきた。しかし、出版社が小売価格を統制できなくても死ぬことはなかったし、吸収・合併による規模拡大などで互いに鎬を削ってきたからだ。なぜE-Bookの場合は「死ぬ」のだろう。彼が本気で言っているとすれば、それはE-Bookの低価格が紙を喰ってしまうと信じているということだろう。紙は弱いメディアで、デジタルにハンデを課さないと死んでしまうと。

Amazon_Hachette筆者はまったく同意できない。認識が違う。デジタルが脅威なのは、E-Bookも紙も含めて「本」というメディアにとってだ。そして書籍を過去から未来につなげるためには、逆にデジタルをフルに使い、他のデジタルメディアと競争を続ける必要がある。これは喰うか喰われるかのものだ。メディア間の抗争に敗れれば、吸収される。本そのものはなくならないが、新しいオーナーが出版の伝統と継続性に価値を見出すとは限らない。

「結局、作家が選ぶのはビッグファイブ」か?

書店の将来や自主出版について、彼はあまり懸念していない。『フィフティ・シェイズ』のELジェームズの例を引きながら、出版社も時に判断を誤るが、結局彼女も自主出版で足場を得た後は、伝統的な出版社とともに大きな成功をした、と述べて楽観的な見方を示している。

彼は重要な点を見落としている。価格問題も著作権問題も自主出版も、根はひとつで決して出版社が「楽観」できることではないということを。ELジェームズの場合、出版社が評価しなかったから迂回を余儀なくされたのではなく、彼女のプロジェクトは自主出版でのコミュニティづくりから始まっていたのであり、それがあったからランダムハウスとアマゾン出版が版権を争うところまで行ったのであり、エージェントを通じて出版社に原稿を提出しても相手にされなかったことは確実だ、と筆者は考えている。理由はひとつ。書評と書店になじまないからだ。

ヌーリCEOは、メディア書評と街の書店を絶対的なものと考えている。しかし、すでに著者と読者のチャネルが出来たことで出版の入口が変わりつつあるのだ。仮にアマゾンが出版していたらどうだろう。E-Bookから映画/TVを経由して印刷本になった可能性もある。印刷本はランダムハウスほどは売れなかったかもしれないが、それでも相当な規模のビジネスにはなっただろう。映画で大ヒットしているアンディ・ワイヤーの 'The Martian"の成功(本誌6/18)がそれを示している。それに、ジェームズ本は安価なE-Book版があったから紙まで売れたのであって、それなしに主婦たちが印刷本を買いに書店に殺到したとは考えにくい。さらにジェームズ本はファンフィクから生まれた。うるさいことを言えば(いや大出版社は必ず言う)このテの本は書店に並ぶことはない、と。

ヌーリCEOの胸の底に引っかかっている不安はそのあたりではないだろうか。彼はビッグファイブ・クラブの結束を信じ、アマゾンが折れたことに安堵した。しかし、価格統制権を得ても、E-Bookの価格を好きなだけ上げても業績はよくなるわけではないし、悪くなっている。消費者が嫌っていることは確かだ。じつはビッグファイブこそがライバルなのではないか。書評・書店は紙時代の「出版メディア」であって、デジタル時代に入って影響力を落としている。オリバー・クロムウェルは「神を信ぜよ、だが火薬は湿らせるな」と言った。筆者は「紙をいつまでも信じるな、注文も支払もデジタルなのだ」と言いたい。 (鎌田、10/15/2015)

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