ニューヨークに本社を置くPronoun(旧Vook)が9月28日、出版支援プラットフォームとして再スタートした(→リリース)。2009年にE-Book制作・出版サービスとして創業したが、その後BylinerやBooklrというデジタル出版関連サービスを買収し、著者にフォーカスした無償プラットフォームとして再構築したものだが、ビジネスモデルは示されただろうか。[全文=♥会員]
「著者は出版の歯車ではなく、主体である」
作家に対して、無償でプロフェッショナルなサービスを提供しつつ、しかも販売/利益のマージンも取らずに、Pronounがどうやって企業として持続し、投資家に利益を還元するか、ということは5月の発表時にも問題とされた。それについて、同社は以下のように述べている。
「数千人の著作者たちに無償サービスを提供する一方で、PronounはThe New York Times、Forbes、Fast Companyなどの大手メディア企業の出版プロジェクトを受託しております。/また将来、著者が必要に応じて使うことが出来る有償ツールをオプションとして提供してまいります。/当面はコアとなる出版サービスを最高のものとすべく集中しており、それらはすべて無償でご利用いただけます。」
理解は簡単ではないが、このプラットフォームじたいはPronounの収益モデルとは無関係であり、そのモデルはプラットフォームを共有する著者および第三者との間で構築していく、ということなのだろう。同社はデジタル出版を著作者のための<制作/配信/オンライン・マーケティング>を中心としたプロセスと考えている。クリエイターである著者が出版の主体であり、そのサービスに高い費用を払わされるべきではない。「出版業は著者を、彼らの長期的な事業基盤をつくる存在としてではなく、機械の歯車のように扱ってきた。Pronounは著者がすべての決定の中心にいるべきだと考え、この市場を変えるためのテクノロジーに投資してきた。」とジョシュ・ブロディCEOは発表の中で述べている。「デジタル・プラットフォームは様々なメディア産業のクリエイターに新しい道を拓いてきたが、次は本であると考える。」
彼の理想主義は口先ではない。Pronounは、費用ゼロですべてのストアから販売し、販売手数料を引いた全額を受け取れるシステムを著者に提供する。出版を決めるのは著者であり、収入や権利はすべて著者のものだ。立上げ時点で約束されているサービスは以下である。
「基本サービス」は無償であるべき!?
高品質なE-Bookの制作:すべてのデバイス/プラットフォームに対応するコンテンツの作成/変換、メタデータの記述等の環境の提供。
各種ストアでの販売:アマゾン、B&N、アップル、Kobo、Google Playに対応。メタデータの随時更新。
アナリティクス:デジタル出版市場に関するマーケット・データへのアクセス。販売集計、その他データに基づいた推奨価格情報の提供、カテゴリやキーワードに関するアドバイス。
ライブ情報:販売情報、書評、ベストセラー・ランキングその他の情報を希望者に毎日随時提供。
毎月の売上決済:ストアを横断した売上げの一括受取。
無料ISBN:Pronounで出版されるタイトルに対して提供。
出版チーム編成支援:デザイナー、編集者、校正者など、プロフェッショナルを紹介。
有償サービスについての情報はまだないので、上記のサービスは無料の「基本」サービスに含まれていると考えるほかない。それにしてもISBNまで無料とは驚く。しかし同社は発行会社のBowkerと提携して自主出版支援サービスも提供しているので、その関係でISBNを無料で使えるのかも知れない。ともかく総合サービスを無償で提供できるのは、 (1)メディア企業向けのサービスである程度採算がとれており、(2)出資者がPronounのビジョンの上に画期的なビジネスモデルが構築可能であることを期待しているためだろう。メディア企業は記事をもとにしたショート・コンテンツの販売、データ解析などに使っていると思われる。(写真はジョシュ・ブロディCEO)
本の未来が 'Video + Book' にあると考えて拡張E-Bookの制作・出版からスタートしたこのベンチャー企業は、創業6年にしてさらに大きな展開を遂げた。制作から、マーケティングデータ解析へと重点を移行させていったのは理に適っている。ブロディCEOの厳格な「著者中心主義」は、ニューヨークの高層ビルに君臨する大出版社に対するアンチテーゼであり、著者は最終的にストア(アマゾン)への依存も断ち切るべきである(が現在は現実的ではない)という意図も秘められていると思われる。いずれにしても、自主出版が著者の選択肢として定着したことを背景にしている。デジタル出版の第2幕は始まったばかりだ。◆ (鎌田、10/01/2015)