TOCのプロデューサーだったジョー・ワイカート氏が「ハイライトと書き込み」の共有をE-Bookのマーケティングに応用するアイデアを書いて議論を呼んでいる。ビジネスモデルと呼ぶには欠けるものが多いが、原文に読者の「拡張体験」をオーバーレイする方法は大きな可能性がある。なぜならそれは知識の継承の本質的な姿でもあるからだ。[全文=♥会員]
ハイライトと書き込みから新しい付加価値を生む
「ハイライトと書き込み」はeリーディングの標準的な機能だが、Kindleなどのストアが提供し、共有性は非常に限られている。かつてKindle本から「ハイライトと書き込み」を取り出して共有しようとした Findings.com は、アクセスが断たれて失敗した。しかし、方向としては間違っていなかった、とワイカート氏は考える。いつかバリアが消えてハイライトが社会化されるだけでなく、書き込みがオリジナルに付加価値を加えて豊かにする日は来るだろう。印刷本の時代には古書の流通がコメントの共有を可能にしていたし、教科書などへの書き込みに啓発された体験を持つ人は多い。
彼はこれをデジタル環境で拡張することを提案する。例えば、化学の勉強をしているジェーンがよく出来た元素周期律表をWebで見つけたら、URLをブラウザにブックマークするのではなく、電子教科書にドラグ&ドロップしていつでもポップアップで参照できるようにすること読書体験を拡張する。また、かなり複雑な概念を見事に説明してくれるビデオを発見したら、やはり同じようにするだろう。そして学期の終わりには、ジェーンは新しいプロダクトのキュレーターになっている。教科書は土台であだが、ジェーンが解説するWebエレメントとウィジェットによって拡張されている。これは彼女にとって有用なものだが、この増補版は標準版より5ドル高く売れて差額を手にできるかも知れない。
彼はこれが新しいビジネスモデルになると考えている。この「Web増補版」はオリジナルを改変せず、Webエレメントはエンベッドされたものではなく、ポインターを挿入しただけだ。著作権上の問題は回避されるので、このモデルはいつか実現するはずだと。読者がキュレーター+リセラーになるこのモデルは、本や人を選ぶだろうが、一読者の情熱と体験を生かす新しいモデルにつなげる可能性を示している。出版社もこれをオーガナイズすることで読者参加による改訂/拡張版を出版することが出来る。これが彼のアイデアだ。
課題=技術的飛躍のポイント
別のブログの記事を含めて数多くのコメントが寄せられているが、概して評判がよくない。ほとんどの読者は何もしないし、他人のハイライトなど見たくない、という人もいれば、実際にやってみて、それを集約して有用なものをつくる作業の悪夢のような煩雑さを指摘する人もいる。授業の中でやってみると、促し、励まし、ご褒美を与えることに多大な労力が費やされる。これもよく理解できる。そして、The Digital Readerのホフェルダー氏は、アマゾンが将来実装するだろうと言う。これも確率は高い。すべてもっともなことだ。短時間でこれだけのコミュニケーションが行われる環境はすばらしい。
ワイカート氏とは、先日のフランクフルトで初めてお目にかかった。短時間だったが、イノベーションとは逆のものとなっているE-Bookの現状をどう打開するかについて意見を交わすことが出来た。共通のテーマは<読書体験の拡張と社会化>だが、筆者は歴史的過去の読書の追体験およびオープンな読書環境を実現する技術についてアイデアを述べた。ワイカート氏の今回のアイデアも、グーテンベルク本以前の古典の校訂・注釈で行われてきたことだ。江戸時代には、著者あるいは所蔵者による「書き入れ」が行われたが、これは「書き込み」と区別され、時に高値が付いた(新本と古本は、出版もする同じ本屋で商われた)が、ここからさらに印刷版がつくられることもある。知識の継承として正統的なもので、筆者もWeb環境において復活させることを期待している。
Web上のアクティブな読書体験(ハイライト、書き込み、リンク、ウィジェット)が付加価値を持つであろうことは多くの人が同意できる。しかし、それを実現する環境と技術の問題があり、障害を一つ一つ取り除いていく必要がある。とりあえず3点を指摘しておきたい。
1. オープンなドキュメント環境:一つは環境のオープン性ということ。現在のデジタル・ドキュメント(Office、PDF、EPUB…)は紙との親縁性が強すぎて、追加情報のオーバーレイに適さない。それにドキュメントを編集・操作する環境もオープンではなく、協調型編集に適さない。これらは技術的には解決可能なので標準やベストプラクティスをつくっていけば前進する。
2. 有用な体験と無用な体験の区別:古典・経典の伝承などでは、宗派・学派ごとに確立されたルールがあり、選別するシステムを機能させていた。これは閉鎖的なものともなり弊害も生まれるが、前提を破壊しないことで長い寿命を保つ。もともと宗派は開祖の「読書体験」の追体験から生まれたものが少なくない。これをオープン性とどう両立するのかという問題。
3. 環境の社会性/公共性:いくら有用であるとしても、拡張性のあるビジネスモデル(プラットフォーム)につながらなければ、特定の社会的環境(企業やコミュニティ)の中の知識伝承に止まり、近代以来の出版が志向している社会性を満足させない。筆者は1.の<オープンなドキュメント環境>がその基盤となると考えている。ワイカート氏とも話し合って中身を詰めていければ嬉しい。◆(鎌田、10/29/2015)
参考記事
- How readers will become curators and resellers, Joe Wikert, 10/25/2015
- On Reader Annotation and Curation Boosting eBook Sales, by Nate Hoffelder, The Digital Reader, 10/26/2015
- E-book annotation and curation will not ‘save’ e-book sales, by Chris Meadows, TeleRead, 10/26/2015