Amazon Studiosを通じて映画・TVなど映像コンテンツ製作への取組みを強化しているアマゾンは11月9日、脚本執筆に特化したクラウド・ベースの無償アプリ Amazon Storywriterをリリースした。アマゾンはこれまで教科書や絵本、マンガのための制作ツールを提供してきたが、それを脚本にまで拡張したことになる。
クラウド脚本作成ツールの登場
Storywriterはその名の通り、映画・TVドラマなどの脚本・台本のためのツールで、Final Draftなど、駆け出しのライターには簡単に手が出ない、高価な専用ツールの代用になるものだ(Tutorial参照)。クラウドおよびChrome アプリの、オンライン/オフライン両用で、PDFのほか、FDX (Final Draft)、Fountain(脚本用のXMLマークアップ)への入出力をサポートする。つまり、Final Draftなどの高度な専門機能と競合するものではなく、アマチュアでもFDのユーザーを含むプロフェッショナルと台本を共有できるようにするための環境である。
フォーマットに厳密でない台本を読むのはプロにとって苦痛だが、アマゾンは新人を求めており、粗削りでも独創的で新鮮なアイデアやキャラクター設定がプロの手で洗練されることでヒット作が生まれることを期待している。新人の脚本は製作リスクを大きくするという常識に反するものだが、その有効性は、データ指向のコンテンツ・マーケティングによって実証されていると考えてよいだろう。Storywriterはライティング・プロセスの入口にあたるものなのだ。
出口となるタイトルの市場はAmazon Studiosが自ら生み出している。独自製作映画、プライム会員のための大人/子供向けの連続ドラマは新しい脚本需要を喚起している。Storywriterで作成した原稿は、そのままAmazon Studiosのオープンドア・プロセスを通じてDevelopment Slate(製作候補リスト)に提出することが出来る。これはプロとアマチュアの両方に開かれており、アマゾンが選択権を取得する際には職能団体であるWGA (Writers Guild of America)の最低料金が保証される。WGAは無償の公募を認めていないので、そうしないとWGA会員の応募が出来ない。
コンテンツ別のライティング・ツールの意味
アマゾンが出版(コンテンツ)のタイプ別制作ツールを揃える理由をお分かりいただけたと思う。ドキュメントには、タイプごとに特別な読者がおり、了解事項がある。そして構造と表記形式、あるいは根底となる方法論がある。ワープロやエディタでそれをサポートしているスタイル・テンプレートはないわけではないが比較的高く、使いやすくない。何よりもプロとツール/環境とアマのそれとが違いすぎることだ。これは情報の共有を困難にしている。小説などと違って、脚本それ自体は完成品ではなく、設計図のようなものだ。構造性は非常に高く、シーケンス・リストや制作スケジュール、費用見積りなど、直接間接に関連している情報は多い。ライティングの内容に関係し、ライティング以外の機能をサポートするのがコンテンツ用ツールなのである。
そうしたツールはプロの中だけで使われてきた。日本ではそもそも市場に出ていないものも多い。グループで使用しなければ意味がなく、仕様に一定のスキルが必要で、個人で買うには高すぎる、という理由があれば、まず普及することは難しい。こうした状態はアマゾンにとって好ましい。ツールを無償提供するだけでクリエイターの最大の問題を解決し、それによって多くのコンタクトと情報が得られるためだ。「コンテンツが王様である」と信じている人も、王様がつくられるプロセスについては関心を持たない。しかし、アマゾンはコンテンツとはプロセスの産物であると考えており、ここにコミットすることで市場をリードできると考えた。これは狭い「製作ツール市場」と巨大なコンテンツ市場の制作プロセスに組込むことでビジネスモデルを再構築する方法だ。日本ではツール自体が普及していないので、非常に有効であると思われる。◆ (鎌田、11/24/2015)