解体へ向かって加速する再販エコシステム

decline3日本の今年9月の書籍・雑誌の販売金額が発表され、第3四半期までの数字が揃った。2015年は1月(+0.6%)を例外として前年同月水準を下回っており、6月の-10.7%を最悪として1-9月期全体で-4.8%となった。10-12月も同じペースと仮定すると、消費増税の影響を大きく受けた2014年(-4.5%)をさらに下回り、1兆5,300億円。これをどう考えたらよいだろうか。

システムの衰退から分解、解体へ

Mac error2011年以降は、-3.8% (2011)、-3.6% (2012)、-3.3% (2013)、と-3.5%前後だったので、今年が昨年よりネガティブであるということは、下落のピッチが一段と速まったと考えるべきだろう。内訳をみると、書籍は-1.8%と前年(-4.0%)を下回っており、消費税の影響を除外すれば、下落のピッチは変わっていない。これに対して、雑誌は2014年の-5%に対して-7.5%と、逆に増加している。同じように消費税の影響を除外すれば、10%あまりの下落を意味する。

雑誌は月刊誌に比べて週刊誌の落ち込みが激しい。9月は-18%という考えられない数字。これはメディアとしての崩壊現象と言える。単純化するとスマートフォンに息の根を止められつつあるということだろうが、生活習慣が変わりつつある中で紙に固執していれば経済的に成り立たなくなるのは自明だ。ボラティリティの高い情報ほど紙という媒体との不整合は大きい。新聞は経済的には命脈が尽きているが、19世紀からのイナーシャが巨大なので、なお「政治的」に生き残るだろう。

それはともかく、書籍・雑誌を両輪として動いてきた日本の近代出版流通の維持可能性に赤信号が灯ったことは確かである。雑誌の崩壊は書店ネットワークの衰退を加速するが、これまでのような「大型化」やサプライチェーンの「再編」が出口ではないことが見えた以上、書店のサバイバルは「脱書店」にしかならないだろう。デジタルからの撤退を目ざす米国のB&Nが、一般小売業界からCEOを迎え「文化雑貨」路線をひた走ろうとしているのと同じ方向である。「脱書店」化は、出版流通の空洞化を意味し、日本的「取次」ビジネスの持続性を困難にする。

衰退するメディアは社会から淘汰される

bomg2015年の1.53兆円という数字を外挿し、毎年1ポイントずつ減少幅が拡大していくと仮定すると、2020年に1兆円になる。雑誌の下落ペースが加速していけば、それより早いこともあるだろう。これまで市場規模の3分の1を失うのに18年ほどかかったことを考えると、次の3分の1は5年で失われ、それは独立した産業としての性格の喪失を意味することになる。書店と同様、大手出版社は不動産など非出版ビジネスに力を入れることになるだろう。放送、新聞、出版はともにメディアビジネスとしての性格を薄めていくが、不動産にも将来性があるわけではなく、金融市場の変動の影響を受けやすいので2020年以降のリスクはメディアより大きいほどだとも言える。その前にメディアの「ブランド」が売却される可能性は高いように思える。

筆者は、旧エコシステム(版元・印刷・取次・書店)の寿命は長くて5年と考えている。退職金を払える企業の数、貰える人の数から推定してもそんなところだろう。相互依存性が強い分、変化は遅れているが、逆に連鎖反応は起きやすくなってる。栗田出版販売の倒産に続く紀伊國屋書店の「村上本買切」などは、その兆候だろう。誰もがシステムの持続可能性について確信を持てなくなったということは、メディアビジネスにとっては「致命的」とも言える。そうした状態に長く居ることが難しいビジネスなのだ。メディアは、それ自体が社会を映すものであるが、自分自身の理由で衰退を続ける姿など、もはや見たくはないし、誰もありがたがらない。

筆者は現在の出版が「明治20年」を前後して消滅した近世の木版エコシステムの運命をたどる可能性は高いと考えている。しかし、それは出版の終わりではない。日本の出版は、過去に多くの社会的困難を乗り越え、偉大な文化を築いてきた伝統がある。こういう時代こそ社会が出版を必要としている。読者は、出版に新しい価値を発見し、提供する出版を支持するだろう。 (鎌田、11/12/2015)

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