ハーパーコリンズ社(HC)は11月10日、TF/VF(変身/幻視)小説に強いHarperOneブランドから、新たに HarperLegendという公募型デジタルファースト・ブランドを立上げたことを明らかにした。Legendは出版を希望する作家から直接、オンラインで原稿を受付け、編集チームが採否の審査にあたる。採用されれば、著者には版権料が支払われる。
大出版社がなぜデジタルファーストか
HarperOneは、40年近いTFの大ブランドで、パウロ・コエリョ、C.S.ルイス、ロビン・シャルマ、ディーパク・チョプラ、ブレンドン・バーチャードといった人気作家のベストセラーを世に出したことで知られている。同社の発行人であるマーク・トウバーHC上席副社長は「幻視小説、心霊小説、あるいは変身譚など、いろいろな呼び方がありますが、これらの本は読者を感動させるだけでなく、内側から変え、輝かせる力を持っています。私どもはこのタイプの小説の成長を、販売の増加や著者の影響力の高まりとして実感してきました。デジタル・ファースト小説が伸びていることは、Avon Impulseブランドの同僚からも、読者からも聞いています。」とコメントしている。
「HarperOneはこの分野の作家の作品を長年にわたって扱っており、数多くの受賞歴とともに数百万部を販売した実績を持ち、称賛を浴びてきました。このジャンルで執筆を行う作家の方には、ぜひ作品を世界に届けるお手伝いをさせていただきたい。」というのが、作家に対する同社のメッセージだ。HCはデジタル・ファースト(以下DF)という低リスクなチャネルを利用する。ジャンル・フィクションでのDFの成功は、まずインディーズで確立され、次いでアマゾン出版が事業化し、最後に大手出版社が採用するところとなった。しかし、書店との関係を配慮して「別ブランド」としている。アマゾン出版はさらにセレクションにクラウドソースを加えることで、成功の確率を高めようとしている。HCはブランド価値によって良質の候補作が集まることを織り込んでいるだろう。
大出版社のもとには、もともと売り込みの原稿が山をなしていたはずなのだが、それらは尊重されることがなかった。それぞれのジャンルには大御所から中堅までのランクが厳然として有り、それ以下はほとんど無視されてきたのだ。だからこそインディーズ/DFという選択肢に、多くの作家が飛びついた。Legendの登場は、市場環境の変化に対する防御的対応だろう。長期的に新人がHarperOneを素通りする事態は避けなければならない。
ジャンル・フィクションは日本では未開拓
神話・物語・伝説の主要モチーフである変身譚を起源とする変身小説 (transformational fiction)は、幻視小説 (visionary fiction)とともに欧米で重要なジャンルとして認められている。これは、(1)習慣性が強く(固定ファンを持ち)、(2)時に社会現象を引き起こす力を持ち、(3)古今の様々なジャンルの小説の中に散りばめられており、(4)映像化、ゲーム化など多メディア展開に向く、という共通した特徴を持つためだ。
TF/VFといったジャンルは日本でも作品がないわけではないが、ジャンル別のマーケティングは出版界において徹底されているわけではない。日本では「推理」「歴史」「SF」「官能」など男性系のジャンルに対して女性系ジャンルが弱く、力も入っていないように感じられる。「恋愛」もハーレクインによってジャンル化された。これには編集者、経営者が男性に偏っているのも影響しているだろう。米国出版におけるジャンル・マーケティングは、(1)方法論がしっかりしており、(2)メディア横断的で、(3)デジタル・マーケティングとの親和性も高く、(4)メタデータを使った解析がやりやすく、その結果、(5)過去の成功パターンの分析も進んでいる、などのことから、日本でも確実に普及していくだろう。
TF/VFなど、もともと男女共用のジャンルは(マンガやアニメを除いて)非常に弱い。「仮面ライダー」と「セーラームーン」をTF/VFというジャンルに位置づける人はあまりいないだろう。江戸時代後期に隆盛を極めた戯作では、TF/VFは珍しくなく、今日、海外でも通用しそうなタイトルもありそうだ。明治以降の「近代化」の中で娯楽と荒唐無稽を排除した「純文学」を上座に置いた慣習から自由になれば、市場は広がる。たぶん日本で手つかずとなっていたジャンルは外国出版社が開拓することになる可能性が強い。◆ (鎌田、11/19/2015)