米国書店協会(ABA)のオーレン・タイチャーCEOは11月19日、会員宛のメッセージの中でアマゾンが最近シアトルにオープンしたAmazon Bookstoreに独禁法違反の疑いがあるとして注意を喚起した。アマゾンがオンライン用に仕入れた在庫を書店用に転用するならば、同規模の街の書店に対して著しい競争上の不利を与えるというのだが、果たして立件の可能性はあるか。
独禁法の要件:消費者の不利益+不公正競争
ABAが問題にしているのは、米国独禁法の中の卸、小売、競合他社間の価格差別を禁じた条項 (Robinson-Patman Act)に違反するのではないかということらしい。アマゾンの小さな書店は、その規模では分不相応な割引販売を行っている可能性が強く、大きな価格交渉力があるAmazon.comの在庫を流用しているとすれば、それは不公正な競争にあたる、ということなのだが、論理的に飛躍がありすぎて、直感的に無理としか思えない。アマゾンの書店は、オンラインでも街中でもアマゾンのストアで、同じ価格で売ることに問題はない。そもそも法律は独占的事業者から消費者を護るためにあるので、小規模小売業者を護るためにあるのではない。まともな方法(消費者の選択)で独占的地位を築いたアマゾンを罰する法律はないのだ。
ABAの疑惑は違法性を立証できるだろうか。The Digital Readerのネイト・ホフェルダー氏は、それは実際には困難であると述べている(11/21)。アマゾンは卸業者ではなく小売業者だ。大量仕入れによって割引が可能なほどの(卸業者と同等の)価格条件を得ているが、卸業者ではないし、そうであったとしても、企業内の(事業部門間の)在庫の移転は「販売」と見做されない。ABAは1990年代に2回、独禁法で提訴したことがある。大手出版社を相手に、小規模書店に対する差別的契約条件の禁止を求めた訴訟には勝訴し、BordersとBarnes & Nobleの大手チェーン2社を提訴した結果は略式判決と訴訟費用の一部負担という実質敗訴だった。いずれの場合でも、裁判所の判断基準は消費者の利益と競争手段の当否というものだ。アマゾンの書店の営業は、少なくとも不公正とは言えないし、消費者の不利益ではない。
米国のように(とくに流通における)自由市場を尊重する国では、街の書店だけに特別な文化的意義と公共性を認め、保護する政策はとれない。保護することは悪ではないが、公権力の出版への介入と引換えになるから、実質的に出版ビジネスの支配を認めることになる。出版物の実質的検閲(公共性審査)から書店の出店規制(競争制限)に至るまで、サプライチェーンごとに生まれる権力過程は政治化し、政治と一体になる。そのことは、「公共の電波」を実質的に無償で営利事業に使っている放送で見られるとおりだ。よほど成熟した社会でないと政治の手段に使われるのは避けられない。公権力に書店を護らせるという幻想を捨てないと、伝統的出版の凋落は加速するばかりだ。◆ (鎌田、11/26/2015)