UXで重要なのは、もちろん「ユーザー」と「体験」である。出版におけるUXでは、ユーザーが誰であり、体験とは何であるかを明示することが鍵になるだろう。それによって5W1Hの残りの<いつ、どこを、どうやって>改善していくかを決めることが出来る。出版におけるUXの実践は将来の課題ではない。アマゾンという圧倒的な成功企業がいる。[全文=♥会員]
Web上で出版/読書サイクルが完結した意味
出版では、著者/出版社が商品あるいはサービスの提供主体である。しかし、それらを受け容れる「ユーザー」は明確ではない。販売の経験者は書店にはいても出版社にはいなかった。出版社は卸先である書店を顧客(売り先)としてきたが、完全に依存してきたと言ってよい。著者/出版社と読者/消費者がほとんど接点を持っていない状態では、出版物とメディアの記事/広告で他社より見劣りしないようにするのがせいぜいだった。しかし、本に関する情報環境はこの10年で一変している。その変化を予測・先取り・実現してきたのがアマゾンだった。
読書という行為は、市場的には情報の入手/接触から購入、読書、他者への働きかけ、という一連のサイクルで構成されている。このサイクルがWeb環境で完結することによってWebマーケティングが誕生したのだが、これは限られた情報を収集・評価・実験するなかで急速に発展してきた。ブログ・アフィリエイトやSNSという仕組みは、上述したサイクルにユーザーを巻込む最高の装置としてすぐにコマースの環境に取り入れられたのは当然だが、読者を知らずメディアを信じる出版社と、F2Fの万能を信じる書店とが、揃ってこの変化をスルーしたことは、アマゾンの一人勝ちの原因だ。
米国では、書店流通は販売金額の半分を割っており、オンライン流通が過半を占め、アマゾンがその大半を占める。読者の活動サイクル、あるいは読書環境の中心がオンラインになっている。という事実を受け止められず、店舗を持たないの、税金を払わないの、不当廉売だの、といった的外れの非難を止めない間に、アマゾンはオンラインにおけるユーザーとの関係構築を営々と行い、ほぼ独占することができた。Webがオープンな環境であることを考えれば、過去20年のアマゾンの活動はほぼノーマーク状態であったと言えるだろう。
地上最強のUX企業アマゾン
アマゾンの成功が「オンライン」ではなく、UIを始めとしたその「使い方」にあることはもはや常識となった。UXにおいては、先駆者であるアマゾンの成功をどう分析し、学ぶ(盗む)かが課題になってくる。アマゾンはあらゆる商品を扱い、(書店から出版社まで)あらゆる仕方で顧客にコミットしようとする。ユーザーより「商品力」「流通支配」を万能視する重装備の旧出版は、自主出版という歩兵の戦力拡大の前に、書店という要塞への篭城を図ったが、後に秘策があるわけではなく、UX戦では立場を悪化させている。
出版におけるユーザーを極限まで広げれば、「本を読む可能性のあるすべての人」、つまり生きている人間ということになる。それは従来の出版では無意味だが、オンライン上では無意味ではないと考えたほうがよい。意味などは明日になれば変わるからだ。把握しコンタクトすることが可能な限りは潜在顧客とすることが可能だからだ。そしてユーザーの属性を絞り込むことで、どのような本にも読者を想定することが出来るし、その逆もある。ユーザー(非ユーザー)は様々な体験を通じて出版活動や出版物に対する態度を形成する。
ドン・ノーマンの人間中心設計は、人間がシステムとの間で行う対話作用のすべての側面を扱う。従来のシステムは機械装置のような閉鎖系を対象としていたが、今日のシステムは(アマゾンのそれのように)相互に連携することで大きな機能を果たす(半)開放系システムの連鎖として成立しており、出版活動、読書活動を社会的な「システム」として仮想すれば、まさにユーザーの個人的/社会的体験を反映するものとなっている。出版はUXをもってしか扱うことは出来ないと筆者は考えている。◆ (鎌田、11/05/2015)